第17話 変換を間違えた日
今日も頑張る、派遣さん。
午後のフロアは、いつも通りの音に包まれていた。
キーボードの音と電話の声。その中に、自分の打つ音も混ざっている。
朝から、少しだけ違和感があった。コンタクトがなんとなく乾いて、瞬きをするたびに引っかかるような感覚がある。
気のせいかと思っていたけれど、昼を過ぎた頃にははっきり分かるようになっていた。片目が、少し見えにくい。
トイレで鏡を見たとき、片方のコンタクトが外れていることに気づく。思わず、あ、と小さく息をついた。
予備は持ってきている。でも、今は席を外しづらい。
あとでいいか、と思ってそのまま席に戻る。
片目だけ少しぼやけるけれど、もう片方はちゃんと見えている。なんとかなる、と思って画面に向き直る。
メールを開き、いつものように内容を確認して返信を打つ。何度もやっている作業だから、指は自然に動いていく。
最後にもう一度画面をざっと見て、送信ボタンを押す。
そのあとで、ふと違和感に気づいた。
さっき送ったメールの件名が頭に浮かぶ。資料到着確認、そのはずだったのに、どこか引っかかる。
送信済みのメールを開いて確認すると、表示された文字に一瞬、手が止まった。
飼料到着確認。
小さく息を吸ったあと、少し遅れて胸の奥がざわつく。
やってしまった、と思う。
すぐに席を立ち、仕事を教えてもらっている社員さんのところへ向かう。
「すみません、さっきのメールなんですけど……」
声をかけると、相手は顔を上げてくれる。内容を簡単に伝えて頭を下げると、「件名、変換ミスしてしまって……」と続ける声が少しだけ詰まる。
自分でも、少し恥ずかしい。
社員さんは画面を確認してから、「ああ、大丈夫ですよ。社内だし」とあっさり言った。
その言葉に、張っていたものがゆるむ。
「一応、訂正は送ってあります」
「うん、それで大丈夫です」
軽くうなずかれて、会話はそれで終わる。
席に戻りながら、ゆっくり息を吐く。
ほっとした気持ちが広がる一方で、気持ちが少しだけ引き締まる。
次は気をつけないと、と思う。
椅子に座って画面に向き直り、キーボードに手を置くと、指がさっきより少しだけ慎重に動き出す。
さっきの出来事も、少しずつ遠ざかっていく。
――今日も、なんとかなっている気がする。




