第14話 ちょっと助かった日
今日も頑張る、派遣さん。
仕事が終わって、椅子から立ち上がる。
フロアには、帰り支度の音が広がっている。
キーボードを閉じる音、椅子を引く音、「お疲れさまでした」という声。
その中に混ざりながら、いつものようにバッグを持つ。
外に出ると、ひんやりした空気が頬に触れる。
駅へ向かう人の流れに混ざる。
同じ方向に歩いているのに、どこか少し距離がある。
隣を歩く人の会話が、断片的に耳に入る。
「今月きついよね」
そんな言葉に、視線を落とす。
自分だけじゃないのかもしれない、と思う。
でも、それでも。
さっき見た数字が、頭から離れない。
なんとなくスマホを取り出す。
家計のアプリを開く。
数字を見た瞬間、指が止まる。
――あれ。
もう一度、見直す。
画面を指でなぞる。
変わらない。
思っていたより、残っていない。
今月、使いすぎたかもしれない。
頭の中で思い当たるものを並べていく。
スーパーでの買い物、日用品、ちょっとしたご褒美。
どれも特別な出費じゃないのに、
重なると、こうなる。
画面を閉じて、息をつく。
歩き出した足が、ゆっくりになる。
バッグの中の財布を思い出す。
中身は、分かっている。
数枚の千円札と、小銭。
――どうしよう。
大きな問題じゃない。
でも、不安になる。
次の給料日まで、まだ少しある。
その時間が、長く感じる。
信号で立ち止まりながら、もう一度スマホを開く。
何か方法がないか、ぼんやり考える。
画面を見たまま、指が動かない。
時間だけが流れる。
息を吐いて、画面を閉じる。
そのとき、ふと思い出す。
――前払い。
派遣のときに説明された制度。
必要な分だけ、先に受け取れる。
あまり使うつもりはなかったけれど、
こういうときには頼ってもいいのかもしれない。
画面を操作して、内容を確認する。
思っていたより簡単にできそうだった。
それでも、指が止まる。
でも、そのまま手続きを進める。
確認画面を押して、少し待つ。
画面が切り替わるまでが、やけに長く感じる。
呼吸が浅くなる。
やがて表示された、完了の文字。
それを見た瞬間、
胸の奥の重さが、すっとほどける。
――よかった。
息を吐く。
肩の力が抜けていく。
スマホを閉じて、前を向く。
足取りが、少し軽い。
駅の改札が見えてくる。
街の灯りが、ゆっくり目に入ってくる。
――こういうときは、助かるな。
夜の空気を感じながら、歩く。
――まあ、いいか。
――なんとかなる気がする。
足音が、少しだけ軽く響いていた。




