第13話 また私か、と思った日
今日も頑張る、派遣さん。
午後のフロアは、いつもの音に戻っていた。
キーボードの音と、電話の声。
さっきまでのざわつきが落ち着いて、一定のリズムが流れている。
画面に向かいながら、ひとつずつ作業を進める。
キーを打つ指は、もう迷わない。
そんなときだった。
「これ、お願いしてもいい?」
声をかけられて、顔を上げる。
差し出された資料を受け取り、軽くページをめくる。
紙がこすれる小さな音が、やけに近くに聞こえる。
数字と文章が並んでいる。
少し手間がかかりそうな内容だった。
その瞬間、
――あ、また私か。
心の中で、小さくつぶやく。
視線が止まり、紙を持つ指先に、ほんの少しだけ力が入る。
ため息まではいかないけれど、
胸の奥が、少しだけ重くなる。
「大丈夫です」
いつもの声で答える。
そのまま資料を机に置き、パソコンに向き直る。
画面を開き、必要なファイルを呼び出す。
指先がキーの位置を確かめるように触れ、すぐに動き出す。
作業を始めると、自然と手が動く。
どこから手をつければいいか、もう分かる。
ひとつずつ整えていくと、少しずつ形になっていく。
その流れに乗ると、さっきの重さが少しだけ薄れていく。
キーを打ちながら、ふと思う。
――また私、って思うってことは、
頼まれてるってことなのかもしれない。
そう思うと、少しだけ肩の力が抜ける。
それでも、
――毎回だと、ちょっと多い気もする。
心の中で小さく苦笑する。
そのまま手を動かしながら、もう一つ思う。
――保障はないけど、責任もない。
ここにずっといなきゃいけないわけでもない。
合わなければ、更新しないで次に行くこともできる。
そう思うと、胸の奥の重さが少しだけ軽くなる。
――一匹オオカミでも、まあいいか。
その言葉が、すっとなじむ。
キーボードを打つ音が、さっきより軽く響く。
画面に並ぶ文字を確認しながら、静かに息をつく。
一度だけ、手を止めて、軽く指を伸ばす。
――まあ、いいか。
フロアに流れる音に、自分の音も混ざっていく。
――今日も、ここでちゃんとやれている気がする。




