第11話 褒められたのに、少しだけ引っかかった日
今日も頑張る、派遣さん。
午後のフロアは、午前中より少しだけ静かだった。
キーボードの音と、時々聞こえる電話の声。その合間に、自分の打つ音も混ざっている。
画面に向かいながら、ひとつずつ処理していく。
少し前まで止まっていた指も、今は迷わず動くようになってきた。
分からなかったことも、少しずつ減ってきている。
そんなことを、ぼんやりと思っていたときだった。
「鈴木さんって、派遣さんなのにしっかりしてるね」
ふと、声をかけられる。
一瞬だけ、指が止まる。
キーボードの上に置いたままの手が、ほんの少しだけ固くなる。
一瞬だけ、周りの音が遠くなる。
顔を上げる。
「え、あ……ありがとうございます」
とっさにそう返して、すぐに視線を画面へ戻す。
カーソルが、静かに点滅している。
その点滅を見つめながら、さっきの言葉を頭の中でなぞる。
――派遣さんなのに。
その一言だけが、少しだけ引っかかる。
しっかりしてる、って言ってもらえたのは嬉しい。
それは、ちゃんと分かる。
でも。
――“なのに”って、何だろう。
指先に、ほんの少しだけ力が入る。
派遣さん、という呼び方。
名前じゃない呼び方。
それに、もう少しだけ慣れてきたと思っていた。
でも、そのあとに続く言葉で、
少しだけ違うものに聞こえる。
うまく言えないけれど、
自分の中で、何かが引っかかる。
そのとき、
「ほんと助かってるよ」
同じ人の声が、少しだけやわらかく重なる。
顔を上げる。
さっきと同じ表情で、でも少しだけ優しく笑っている。
その様子を見て、胸の奥の引っかかりが、少しだけほどける。
――ああ。
たぶん、悪い意味じゃない。
そう思う。
言い方は少し気になるけれど、
ちゃんと見てくれているのは、伝わってくる。
「ありがとうございます」
今度は、さっきよりも少しだけ自然に言えた。
視線を画面に戻す。
キーボードに指を置くと、さっきよりも軽く動く。
さっきの言葉を思い出しても、もう強くは引っかからなかった。
――まあ、いいか。
心の中で、小さくつぶやく。
全部がきれいな言葉じゃなくても、
ちゃんと届いているものもある。
それでいい気がする。
画面に並ぶ文字を確認しながら、静かに息をつく。
キーボードの音が、いつもと同じようにフロアに広がる。
――今日も、ひとつ分かった気がする。




