34.再来とはじまり
三人が去ったあとの食堂は、
あまりにも静かだった。
さっきまで言い合いをしていたテオとアッシュの声も、
ノルンの静かな声も、もう何もない。
テーブルの上には、三人が食べかけていた朝食だけが残っている。
私だけが、四人掛けの席に一人で座ったままだった。
──こんなに、広かったかな……
トン
目の前に、急に置かれたスープの器に思わず肩が揺れる。
ハッとして横に視線を向けると、
親父さんがもう片方の手にパンの皿を持って立っていた。
「バタバタしちまって遅くなった。嬢ちゃんの分だ」
「ありがとうございます。いただきます」
「あと飲みもんは、こないだのでいいか?」
もう片手に持っていたパンも置き、
返事を聞くより前にキッチンに向かっていく
慌てて「……はい」とだけ返したが
聞こえてるかどうかは分からなかった。
恐らくこないだのっというのは
あの美味しい果実茶の事かな……?
こんな時に、果実茶が楽しみになってる自分がいて
単純だななんて思ってしまう。
そして、目の前のスープからは、
食欲を誘う香りがふわりと立ちのぼっている。
私はスプーンを手に取り、そっとスープをすくって口へ運んだ。
「……おいしい」
ほっとする味ってこういうことを言うのかもしれない。
温かさが喉を通る度に、身体が温まるような、
身体の力が抜けていくような感覚があった。
けれど、目の前に並ぶ三人の食べかけの皿を見ると、 私だけが置いていかれたような寂しさが、 また胸をぎゅっと締め付ける。
スプーンを置いて、痛む胸元にそっと手を当てると、
ひんやりとした感触があった。
視線を落とすと、そこには、さっきノルンからもらった青い魔石のついたネックレスがあった。
なんだか触れるだけで彼らがここにいるような気がして
思い浮かべるように目を閉じ、一瞬深い息を吸う。
「……大丈夫」
「冷めるぞ」
「わっ」
不意にかけられた声に、また肩が跳ねた。
「さっきから驚きすぎじゃねーか」
ぶっきらぼうにそう言って、
親父さんは私の前にカップを置いた。
甘酸っぱい果実の香りが、ふわりと広がる。
「さっさと食って、少し寝とけ。あいつら、話を聞きに行ってるだけだ。寝てりゃすぐ戻る」
それだけ言うと、親父さんの足音は遠ざかっていく。
けれど、一番言ってほしかった言葉を、大好きな果実茶と一緒に、置いていってくれた。
──話を聞きに行ってるだけ。
──寝てりゃ、すぐ戻る。
そうだよね。
あの時飲んだものと同じ大好きな味。
桃に似たやわらかな香りのあとに、 いちごみたいな甘酸っぱさがゆっくり口の中に広がっていく。
それを飲み込んだ後、私は小さく息を吸った。
そして、いつもなら出さないくらい大きな声で、 キッチンの方へ向かって言う。
「親父さん、ありがとう!この果実茶、大好きなんです!」
そう言ってしまってから、
私はもう一度スプーンを手に取って、 止まっていた食事を少しずつ進めていった。
──急に、お腹がすいてきた。
さっきまで考えごとばかりしていたせいか、
器の中のスープは、ほとんど減っていなかった。
私は少しだけ苦笑して、もう一度スプーンを動かした。
さっきより喉を通りやすい。
そして、パンを小さくちぎって口に運ぶ。
少し冷えたのが勿体ないくらい香ばしさが広がり
とても美味しくて、食べる手が止まらなかった。
「……ほんとに、お腹すいてたんだ、私」
気づけば、スープの器は空になり、
パンの皿にも、小さな欠片が少し残っているだけだった。
そんな光景に少し笑ってしまう。
「ごちそうさまでした」
そう言って手を合わせると、
キッチンの奥から親父さんの声が返ってきた。
「おう。食ったなら上で休んでろ」
椅子を引いて立ち上がると、 私はキッチンの方へ身体を向け、軽く会釈をした。
「はい。美味しい食事、ありがとうございました」
そう言って、部屋へと続く廊下に出て、
一歩一歩、階段を上がっていく。
目が覚めたら、みんながいる。
今日は、嫌な夢を見ないといいな。
そんなことをぼんやり考えながら、無意識に、胸元にある青い魔石のネックレスに触れていた。
ひんやりとした感触はまるでお守りみたいで、少しだけ安心できるような気がした。
ただの気のせいかもしれない。
それでも、今はそれでよかった。
自分の部屋の前に着き、ドアノブに手をかける。
扉を少しだけ開けた、その瞬間。
隙間から、ひんやりとした風が部屋から漏れ出した。
……こんなに、部屋って寒かったっけ?
──バタン。
入った直後、背後で扉が閉まる。
急な音に肩が跳ね、振り返るが何もない。
窓は、閉めていたのに、この風はどこから──?
──気にしすぎかな……?
誰もいるはずがない部屋でほんの少し怯える私がいる。
まだ知らない妖精か何かがこの世界にはいるのだろうか。
ほんの少しの怖さを抱えながら、
一歩、また一歩とベッドに近づき、その端に腰を下ろす。
ふぅ、と安堵の息を吐いた時、
何気なく、さっき閉まったばかりの扉へ視線を戻すと
その瞬間、心臓が凍りついた。
「……え、」
扉の前に、男が立っていた。
さっきまで、誰もいなかったはずなのに。
じっと私を見つめている。
あぁ……。
黒い髪。
優しそうに笑ってるはずなのに、
冷めた目だけが私をとらえていた。
夢の中で、何度も私を見下ろしていた顔。
見間違えるはずがなかった。
「久しぶり」




