31 報告と予感 ノルン視点
「こんばんは、リオンさん」
「あれ、ノルンさん。こんばんは!
おひとりでいらっしゃるなんて珍しいですね。モンスターの買取ですか?」
「あぁ。買取もそうなんだが、ギルド長と話がしたくて。
この間登録したルナの件と、今日のことで」
リオンさんの表情が、わずかに強ばった。
「……早速、何か……あったんですか……?」
事が事だ。
ここで深く話すべきではないだろう。
俺は周囲に視線を流してから、
耳打ちするようにリオンさんの耳元へ顔を寄せた。
「……長話は、噂の元だ。普通にしてくれ」
「っ……」
リオンさんは一瞬だけ目を見開いたが、
すぐに受付用の穏やかな笑顔を作り直した。
「失礼しました。では、素材の確認ですね。
いつもたくさんありがとうございます。
少々お待ちください。奥の確認室へご案内します」
声の調子は、いつも通りだった。
だが、カウンターの下で握られた指先が、
わずかに震えているのが見えた。
「頼む」
俺は短く答え、腰につけた収納ボックスへ軽く手を添える。
周囲を横目で盗み見たが、
数人の冒険者がいるだけで、
特にこちらを気にしている様子はない。
──よかった。
だが、どこで誰に聞かれているか分からない。
ギルドには、色んな冒険者が出入りする分、
他の街から来た者も少なからずいる。
些細なやり取りひとつで、
噂の種になりかねないのだ。
それに、俺たちのような上級冒険者ならなおさら、
余計な注目を集めやすい。
リオンさんは自然な足取りでカウンターを出ると、
俺を受付奥の扉へ案内した。
「こちらへどうぞ」
扉の前で、リオンさんは一度だけ小さく息を吐いた。
「……ノルンさん。本当に、何があったんですか?」
俺はすぐには答えず、
閉じられた扉へ視線を向けた。
ホールとは少し離れたとはいえ、
まだ警戒を解くわけにはいかない。
「すまない。ここでは言えないんだ」
「……余計な詮索、失礼いたしました」
申し訳なさそうな表情を浮かべ
小さく頭を下げると、
すぐに姿勢を正し、扉をノックした。
コン、コン。
「ギルド長。ノルンさんがいらっしゃいました。
入ってもよろしいでしょうか」
少しの沈黙が続いたあと
扉の向こうから低い声が返ってくる。
「……入れ」
リオンさんが扉を開けると、
部屋の中では、ギルド長であるゴーラスさんが、こちらに目線すら合わせず、大きな机で山積みの書類にペンを走らせていた。
──最悪のタイミングで来てしまったかもしれない。
パタン……。
そして、背後で静かに扉が閉まる音がした。
静かな沈黙となんともいえない気まずい雰囲気の中
部屋に残ったのは、俺とゴーラスさんだけだった。
「もうやらかしたか?」
書類から目を離さないまま、不機嫌そうに口を開く。
「違います。森の異変についてです。
恐らく、見てもらった方が早い……」
視線を落とし、腰の収納ボックスへ手を伸ばした。
その動きに、すかさず「は?」という低い声が降ってきて、俺は反射的に顔を上げた。
先ほどまで書類を睨んでいたゴーラスさんが、鋭い眼光でこちらをみており、一瞬だけ、目が合う。
「……おいおい、ちょ……」
ゴーラスさんは慌てて立ち上がり、
大きな机越しに手を伸ばした。
「待て待て、ここは解体所じゃ──」
その制止を無視して、
俺は収納ボックスを開いた。
本来ならギルド長室で出すようなものではないし、
そもそも手続き後に解体所に渡しに行くのが普通だ。
だが、今回ギルド長と解体所に行こうというものなら噂の火種になりかねない。
それだけは、避けたかった。
そう考えてる間にも、淡い光が床を走っていく。
次の瞬間、黒い獣の残骸が、どさり、どさりと音を立てて積み上がり、一気に閉め切った部屋に、血の匂いが広がっていく。
目の前の光景に、
ゴーラスさんはしばらく黙り込んだあと、
深々と頭を抱えた。
「……お前な、これどうすんだ」
「すみません。これでも場所を考えて一部にしてるんです」
「はあ?」
「全部で、五十近くまだある」
その瞬間、ゴーラスさんの表情が一気に変わる。
「……五十だと!? あの嬢ちゃんを連れて、か」
あえてなのか、無意識なのか、次第に声が大きくなっていく
「はい。それも、街から近い下級冒険者の区域です。
普通なら騒ぎになってもおかしくない」
しばらく黙って、考え込む様子を見せた後、
転がった椅子を乱暴に起こし、腰を下ろした。
「詳しく話せ」
「テオから聞いていますか?最初、ルナと出会った時
今日と同じ森で強い魔力反応があった事」
わずかに鋭くなったその目に、部屋の空気が一段重くなる。
ギルド長という肩書きは、伊達ではない。
そう思わせるだけの圧があった。
「聞いてはねぇな。それは、ルナの魔力じゃねぇのか?」
「最初は、俺たちもそう思ってました。
宿でルナの魔力が1度暴走しましたから」
「宿でもう暴走済みだったのかよ。
よう騒ぎにならなかったな」
「テオの対処で一室だけの被害で済みました。
宿の親父さんにはバレてるので説明はしてます」
「あぁお前らんとこは、専用宿に近いもんな。
まぁそれはいいが、続きがあるんだよな?」
俺は床に積まれたシャドウウルフの残骸へ視線を落とす。
「はい、この大量に現れたモンスターは、明らか俺たち全員を狙ってた。それも低級冒険者の狩場で」
「だがギルドでは、そんな事例起こってねぇぞ」
「今のゴーラスさんのその言葉通りです。
あの場所に用意されていた……に近いと思う」
「いやいや、ルナの魔力に惹き付けられてんじゃないのか?」
「ルナに惹き付けて現れたならルナだけを狙うはずです。」
「そうだが……ノルンは人為的とでも言いたいのか?」
ゴーラスさんは、黙ったまま、考え込むように
ペンを取り、乱雑に積まれた本の中から一冊を引き抜き、机の上で開く。
「そう思うには理由が多すぎるんです。
それに、最初に見つけた時、ルナは俺を見て怯えていました。魔物に怯えていたんじゃない。俺に、です」
眉がピクリと動く。
「……お前に?」
「はい。それにあれは警戒して怯えてる感じでもなかった」
俺は一度、言葉を切り、軽く息を整えていた。
そうせざる得ない緊張感がここにあった。
目線の先には床に積まれた残骸。
開かれた本。
そして、ペンを構え、こちらを見据えるゴーラスさんの目
「それに、服も、反応も、何もかもがこの辺りの人間とは違う。
俺には、ルナがこの世界の人間だとは思えません」
「そういや受付が言ってたな。
名前を書く時、ずいぶん躊躇っていたと」
「ルナという名前は、テオが付けたものです」
「はぁ……」と溜息をつきながら、
開いた本に何かを書き留め始めた。
恐らくやり取りをメモしてるのだろう。
「本名ですらないのか。
テオは、そういうこと一言も言うてなかったぞ……」
「少なくとも、本人はそう名乗りませんでした。
名前だけじゃない。自分がどこから来たのかも、どうしてあの森にいたのかも、分かっていない様子でした」
「記憶がねぇ、ってことか」
「そう見えます」
しばらく沈黙が落ちる。
床に積まれた魔物の残骸を見つめたまま、 低く呟いた。
「……魔力反応。街近くの森に現れた五十近い魔物。
それに、素性も分かんねぇ嬢ちゃん、か。
……面倒なことになってきやがったな」
「テオは、召喚魔法に近い反応だと言っていました」
「召喚魔法、だと?」
「それに近いくらいのものらしく正確には……
ただ、魔力が目覚める時の反応にも似ている、と」
「……どっちにしろ、普通じゃねぇな」
ゴーラスさんはペンをおろし、肘をつき顔を支える。
そしてしばらく黙り込んだ後、
「テオは今どこにいる」
「宿です。ルナの魔力を受けすぎて、倒れました」
「……あいつがダウンするまでか……」
「ルナの前でおちゃらけてましたけど、
立ってられなかったみたいです」
「分かった。こっちでも森の記録を洗う。
ここ最近、同じ区域で魔物の目撃が増えていないか確認も含めてな」
「お願いします」
「それと、解体所には俺から話を通して、
残骸の状態を1度確認にまわす」
「……状態を?」
「ああ。魔物が自然に集まったのか、何かに追い立てられたのか。あるいは、外から手を加えられたのか。
傷や魔力の残り方で、分かることもある」
その言葉に、黒い獣の姿をじっくりと見た。
テオはもしかしたら何か感じてたのだろうか。
──肝心なことはあんまりいわないんだよな
森で感じた違和感。
ルナに向かわず、俺たち全員を囲むように散った魔物たち。
あれが偶然ではないのだとしたら。
「ノルン」
不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。
ゴーラスさんは、いつになく真剣な目でこちらを見ていた。
「ちょっとでもルナから目を離すな。
宿の外へ出る時も、警戒は怠るな」
「そのつもりです」
「また話がまとまれば、ギルドからラナベルを呼び出す。」
「分かりました」
俺が答えると、ゴーラスさんは大きく息を吐いた。
「今日はもう戻れ。
わかってるとは思うが、余計なことは誰にも喋るな。
んで、残骸はこっちで片付けるが、今後は俺の部屋を解体所にするんじゃねーぞ」
最後の方は、この部屋の有様に対する苛立ちを隠しきれていなかった。
そうなるのも当然だろう。
「……すみません」
小さくそう返すしか無かった。
本当に申し訳ない気持ちもあったが
他にやりようがあったとも思えない。
それが、少しだけもどかしかった。
「まったく……お前らが来ると、ろくな報告がねぇ」
その声には呆れが混じっていたが
緊張が解けたわけではない。
俺は軽く頭を下げ、ゆっくり後ろへ向き、扉へ向かう。
その時、背後で、机の上のベルが小さく鳴った。
誰かを呼ぶつもりなのだろう。
そう思っていると、
扉を開ける直前、低い声がもう一度落ちる。
「ノルン」
足を止める。
「気をつけろよ」
振り返らずに、俺は短く答えた。
「はい」
扉を開けると、ギルドの喧騒が一気に耳へ戻ってきた。
何も知らない冒険者たちの笑い声。
酒場のようなざわめき。
受付で交わされるいつも通りの会話。
そのすべてが、さっきより遠く聞こえた。
──気をつけろ
この言葉が、胸の奥に残る。
言われなくても、分かっている。
それでも、口にされると嫌でも意識する。
俺たちは、もう普通の問題の中にはいない。
そんな考えを振り払うように、息を整える。 何事もなかったように、俺は受付へ戻った。




