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愛を乞う少女は、漆黒の泥で世界を壊す  作者: ちぇるしー


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30/35

30.初めての戦闘



「レインアロー」


私の声に応えるように、青の光がいくつも宙に浮かび上がる。

それらは瞬く間に、鋭い光の矢へと姿を変え、

前方のシャドウウルフの群れへ向かって一斉に放たれた。


だが、狙いは虚しく地面へ突き刺さり、

何本かは素早く動くシャドウウルフの身体を掠めただけだった。

それでも、その一瞬の隙間を縫うように、

黒髪を揺らしながらノルンが駆け抜ける。


「……ルナ。そのまま撃ち続けろ!」


ノルンは、私の魔法が作ったわずかな隙を逃さなかった。


一体、また一体。

すれ違った次の瞬間には、

シャドウウルフの身体から遅れて血が噴き出す。


彼の剣は止まらない。

まるで敵の動きより先に、

斬り込む場所を分かってるみたいだった。


「ノルン、二時の方向からも来てる。

こっちは任せろ。」


アッシュの低い声が響く。

左手には大きな盾。

右手には、ノルンの剣の倍はありそうな大剣。


迫ってきたシャドウウルフを盾で弾き飛ばし、

体勢を崩したところへ、大剣を叩き込む。

そして、黒い獣の身体が地面に沈んだ。


───すごい。


魔法を続けながら、

思わず二人の戦いに見入ってしまっていた。


その一瞬だった。


「ぼーっとしないの」


横から聞こえた声と同時に、

赤い髪が視界をかすめていった直後

私の顔のすぐ前に、黒い影が落ちてきた。



「……っ!?」


宙に浮かんでいた光の矢は、

かき消えるようにして一瞬で散っていく。

驚きのあまり魔法を止めてしまったのだ


そう頭上から落ちてきたのは

人の頭くらいの大きさのスパイダーだった。


「危ない危ない。油断は禁物ね!」


「テオありがと。あれ……テオって魔術師じゃないの?……剣?」


モンスターが降ってきた直後焦って気づかなかったが

彼の右手には短剣が握られていた。


「あー、魔術が専門だけどね。ちょっぴりならできるの」


テオは短剣を慣れた手つきで、指先でくるりと回す。


「剣にはドライブエッジ。身体にはドライブブースト。

前衛二人にも、常に同じのかけてるかなー」


「え……?」


思わず声が漏れた。


自分を強化するだけじゃない。

激しく動き回るノルンとアッシュにも、ずっと強化魔法をかけ続けているらしい。


ひとつの魔法を使うのにもやっとだった私にとって、

想像付かないほど、未知なことだった。



「あはは、そんなに驚かないでよ。

星五の冒険者なら、これくらい普通……って言いたいところだけどね」


呆然とする私を見て、 テオはいつものように軽く笑っていたが、少しだけ笑みが歪んでいるように見えた。

私の気のせいかもしれない……けど、

彼の軽さがいつもより浮いて見えた。



「俺、魔力量自体はルナの足元にも及ばないからさ。こうやって細かいコントロールでやりくりするしかないの。」


テオは右手に持った短剣を太ももにつけた鞘にしまうと、

ちらりとノルンたちが戦う正面へと視線を向けた。


「──さあ、お喋りはここまで。

ルナの魔力を俺にちょっと預けて」


そう言うと、テオの右目に淡い青の魔法陣が浮かび上がり、

彼は私の手を握る。


「ルナは、このまま任せてくれたらいい。

この感覚を覚えて」


私の全身に、じんわり暖かい感覚が伝う。


「力は今は込めなくていい。

無理に当てようとしなくていい。そのまま撃って」



身体の中を流れていた私の魔力に、 テオの魔力がそっと重なった。

私の魔力は大きく揺れているのに、 テオの魔力はあまりにも一定で、静かだった。 私の魔力は反発するように、大きな波となって、身体の内側を何度も何度も激しく揺さぶる。


「……酔いそう」


「あはは!そうなるよね。ルナの魔力超揺れてるし」


そう言いながらテオは、私の手を握る力を強める。

途端に、私の中で揺れる魔力が少しずつ穏やかに波打ち始めた。


「狙った場所に飛ばそうとすると、力が入りすぎて流れが乱れるんだよ。だから俺が、その余分の魔力を受け持つから、ルナは、今の感覚を覚えて」


その言葉を聞いた直後、

全身を通る魔力が、細い糸のように連なるのがわかった。


途中でダマになることもない綺麗な一本線。


さっきまでの私は、

ただ焦って魔法を撃っていただけだった。


当てなきゃ…。

役に立ちたい…。


そんな気持ちばかりが先走って

魔力のイメージなんて持ってすらいなかった。

ただ子供があてづっぽで投げたボールと同じだったのだろう。



「もう一回。レインアロー」


「……レインアロー」


私の声に応えるように、

青の矢が再び宙へ浮かび上がる。


さっきより数は圧倒的に少ない。

だが、一本一本の形がはっきりとしていた。


「狙いは一体じゃなくていい。まずは、あの群れの足元。

地面の一点を見るんじゃなくて、逃げ道を塞ぐように見る」


テオの言葉に従い、

私はシャドウウルフたちの足元を見た。


動き回る身体を追うんじゃない。

その先にある、道に…!


──いけ。


私のイメージと魔法がリンクしたのがわかった。

無作為に放つ魔法ではない。

放たれた青い矢は、今度はばらばらに散らず

まっすぐに、狙った場所へ降り注ぐ。

地面を縫うように突き刺さった矢が、

シャドウウルフたちの進路を遮った。


ほんのわずかな足止めを逃すことなく、

黒髪を揺らして駆け抜けたノルンの剣が、

シャドウウルフの黒い身体に一線を描いた。



「……いい狙いだ」


遠くから届いたノルンの声に、

胸の奥が小さく跳ねる。



「その感覚、忘れないで」


隣でテオが小さく笑う。


「ルナの魔法は強い。だからって、全部を倒そうとしなくていい。今みたいに、足を止めるのも作戦のうち!」


正直、三人の戦いに置いていかれないように、必死だった。

けれど、今の私にもできることはあったのだと、

テオの言葉を聞いて、肩の力は抜けていく。


「まずは安定させること。今のルナには、

それが一番大事……」


テオはいつもの軽い調子に戻って、私に視線を向け、

にっと笑った後崩れ込むように座り込んだ。


「るなの魔力吸ったから少し疲れたかも……」


「テオ……っ!」


慌てて崩れるテオに手を伸ばし、

焦って辺りを見渡した瞬間ようやく

周囲の静けさに気づいた。


辺りに残っているのは、土に染み込んだ黒い血と、

倒れ伏したシャドウウルフの残骸だけだった。


アッシュは倒れたシャドウウルフの前にしゃがむと、腰につけた小さな箱に手をかざした。


次の瞬間、黒い獣の身体が淡く光り、吸い込まれるように箱の中へ消えていく。


「……え、消えた?」


思わず声が漏れる。


「収納ボックスだ。高級品だが、便利でな」


アッシュは腰につけた小さな箱を軽く叩いた。


「普通は、魔石や牙だけをその場で回収する。だが、こいつがあるなら丸ごと持ち帰った方が早い。解体はギルドに任せればいい」


そう言いながら、アッシュは次々と倒れた魔物を収納していった。


あれだけあったシャドウウルフの残骸が、

見る間に地面から消えていく。

けれど、土に染み込んだ黒い血の跡だけは生々しく残っていた。


収納を終えたアッシュは立ち上がると、

ノルンの方へ視線を向け、重いため息をついた。


「前も思ったが、最近モンスターが多すぎやしねぇか。稼げるのは嬉しいが……」


アッシュの声には、戦いを終えた安堵よりも、

わずかな警戒が滲んでいた。


「あぁ……ルナの魔力に惹かれて集まったにしては、動きが妙だった」


そういいながら、森の奥へノルンは視線を向ける。


「最初から、この辺りにいたと考えた方がいい」


──どういうこと……?


テオを支えたまま

私はノルンの足元にある黒い血の跡を見つめた。

不穏な言葉が、胸の奥に重く沈む。


けれど、それ以上考えるより早く、

ノルンがこちらへ歩いてきた。「今日は戻るぞ。テオも限界だ」

そう言って、ノルンは私の横に回り、テオの腕を取った。


「ルナ、テオを俺に」


「で、でも……」


「大丈夫だ。……ルナも疲れてるだろ」


私は少し迷ってから、支えていたテオの身体をノルンに預けた。


テオはぐったりしながらも、力なく笑う。


「いやぁ……ルナの魔力、ほんと重いね……」


「笑って言うことじゃない」


ノルンが呆れたように返す。


そのやり取りに、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。


けれど、森の奥から吹いてくる風は、どこか冷たい。


──最初から、この辺りいたと考えた方がいい


今日は、街に近い比較的安全な森で、

実戦に慣れるだけのはずだった。

それなのに、私たちは想像以上の数のモンスターに囲まれた。

きっと、三人にとっても予想外だったのだろう。

その事実だけが、帰り道のあいだも、 ずっと胸の奥に残っていた。



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