29.2人の憤り
「テオ、どういうつもりだ」
夕食のために集まった宿の食堂に、
アッシュの低い声が落ちた。
四人用のテーブルには、私たち全員が腰を下ろしている。
親父さんが用意してくれた料理からは、出来たての美味しそうな湯気が立ち上っているのに、誰ひとりとして手を伸ばそうとはしなかった。
そんな雰囲気ではないのだ。
アッシュは腕を組み、正面の席でテオを見据えている。
責めるような視線を受けて、テオは珍しく口を閉ざしたまま、気まずそうにテーブルへ目を落としていた。
「相談もなしに、勝手にルナを街へ連れ出してギルドに行っただと? ……ノルン、お前も何か言ったらどうだ」
「アッシュ、声を落とせ。……まぁ、今回は先走ったテオが悪い。で、テオ、登録はできたのか?」
珍しく声を荒らげるアッシュを受け流すように、話を変えるノルンは、彼の扱いに慣れているようだった。
「……一応、できたよ。
ラナベルの誰かが付き添うことを条件に、新人扱いで登録許可。
それと、力のことは公にしないこと。……そんな感じ」
しょげながら話すテオに、負い目を感じてしまう。
「テオは、私の気持ち察して行動してくれただけなの
心配させてごめんなさい」
「あぁルナ謝らないで!俺が悪いの!全部!」
「なんだかテオ、ルナに甘くなったな」
アッシュが呆れた顔で一言ボヤく。
その横で、ノルンだけはどこか他人事のように、よそ見をしている。
「まぁね! 今日一緒に街を冒険した仲だからね! 俺の中ではデート!」
悪びれもせず胸を張るテオは、横から覗き込むようにして私に視線を合わせてくる。
あまりの気恥ずかしさに耐えかねて、私はまだ誰も手をつけていない目の前の料理を、丸呑みせんばかりの勢いで口に放り込んだ。
──が、案の定、喉に詰まってしまった。
「っ、ゴホッ、ゴホゴホッ……」
涙目で激しくむせる私に、それまでよそ見をしていたノルンが、無言で素早く水の入ったコップを差し出した。
「っ……ありがとう」
コップを受け取る私に、ノルンは小さく頷いて気遣うような視線をくれたが
──その後、テオに向けた表情からは、一切の温度が消えていた。
「あまりふざけるな、テオ」
他に客のいない静まり返った食堂に、ノルンの冷え切った声と、椅子がガタッと激しく動く音が響く。
「水晶の不具合の件は、もう俺の耳にまで入っている。今回はゴーラスさんが裏で手を回してくれたから良かったものの……万が一、ベルーナにまで情報が伝わったらどうするつもりだったんだ」
──ベルーナ。
その単語が飛び出した瞬間、テオの顔から完全に余裕が消え、苦いものを噛み潰したように視線を落とした。
珍しく感情を剥き出しにして迫るノルンを見て、今度はアッシュが深くため息をつき、大きな手でノルンの肩をがっしりと制した。
「おい、今度はノルン、お前が熱くなってどうする。まぁ、ここには俺たちしかいないからいいが……これ以上はルナが怯える。また魔力が暴走でもしたら、それこそ隠し通せなくなるぞ。……とりあえず食って落ち着け。」
アッシュは皿から大ぶりの肉串を一本掴み取るなり、
まだ何か言いかけたノルンの口へ、有無を言わさず押し込んだ。
「……っむぐ」
頬を膨らませたまま大人しく肉を頬張るノルンと、
私の隣で完全にへこたれているテオ。
この気まずさがなんとも言えなかったが、
それをぶち破るようにアッシュは続ける。
「で、だ。冒険者登録ができたってことは、
他の街へ入る時に必要な身分証明ができた、ということになる」
アッシュは人差し指を立て、真っ直ぐに私を見据えた。
「一ヶ月だ。
その間、俺たちはできるだけクエストとダンジョンに籠る。それで異論はないな?」
「い、ろんはない」
口いっぱいに詰め込まれた肉を必死に噛みながら、
ノルンが不満そうに答える。
「俺たちみたいな星五の冒険者が、登録したての星一を過保護に連れ回していれば、それだけで妙な噂が立ち始める。」
アッシュはそう言って、今度は私へ視線を向けた。
「だから、目立つ理由を俺たちは逆手にとる」
「……?」
「実力のある新人を正式にパーティへ入れるために、俺たちが面倒を見ている。そう周りに思わせる」
アッシュの言葉に、私は息を呑んだ。
「だが、そのためには、
最短で近くのダンジョンを攻略し、星三まで冒険者ランクをあげないといけない。」
「短期間で、そんなに簡単に上がるものなんですか……?」
思わず聞き返すと、アッシュは真剣な表情を浮かべた。
「簡単ではない。だが、時間をかければかけるほど、
ベルーナに気づかれるリスクも増える。」
ノルンはようやく肉を飲み込んだのか、
コップの水で喉を潤してから、
いつもの落ち着いた声で言った。
「まぁ、一ヶ月で星三まで上がれば、
中級冒険者として認められるし、
街を越える時にも、余計な詮索を受けにくい。」
「一ヶ月で、星三……」
思わず、声に出ていた。
普通は、どれくらいの速さで上がるものなのかなんて、私には分からない。
けれど、三人の表情を見る限り、
それが決して簡単なことではないということだけは伝わってきた。
「ルナ」
不意に、ノルンの声が落ちる。
顔を上げると、
ノルンはいつもの静かな目でこちらを見ていた。
「一ヶ月で星三まで上がるやつは、そう多くないが、稀にいる。」
まるで、胸の中に浮かんだ不安を見透かされたみたいだった。
「……そう、なんですね」
「無茶をさせるつもりはない」
先ほどまで感情を荒らげていたのが嘘みたいに、
ノルンの声はいつも通り落ち着いていた。
それにしても。
彼に対して以前感じていたような恐怖は、
少しずつだけれど、薄くなっている気がする。
さっきノルンが声を荒らげた時も、
大きな声に身体がすくむことはなかった。
その変化が、少しだけ嬉しかった。
「……頑張るよ」
私がそう言うと、アッシュは小さく頷いた。
「まずは簡単なクエストで実戦に慣れる。
その後、近くの低階層ダンジョンに入る。
目的は討伐よりも、ルナの魔法を実戦で安定させることだ」
「私の魔法を……」
「そうだ」
アッシュはまっすぐ私を見た。
「ルナの力は、正直リスクもある。万が一コントロールをミスれば、周囲を巻き込むだろうな。
だが、危険だから使わない、では何も変わらない。
扱えるようにならなければ、いざという時に困るのはルナ自身だ」
その言葉は、胸に重く落ちた。
賢者に会えば、すべてが分かるわけじゃない。
それでも、今の私にもできることはある。
その事実だけは、確かに目の前にあった。
私は膝の上で、そっと手を握りしめる。
ギルド長ゴーラスに言われた言葉が、頭の奥に蘇った。
──急いで掴もうとする奴ほど、力に呑まれる。
焦ってはいけない。
でも、立ち止まったままでもダメだ。
私はゆっくり息を吸って、目の前の三人を見た。
アッシュは真剣な顔で。
テオは少し心配そうに。
ノルンは静かに、私の答えを待っていた。
「がんばるよ。みんな私に力を貸して」
声は少し震えていたかもしれない。
でも、ちゃんと前を向いて言えたと思う。
そんな私を見てノルンは、ほんのわずかに目元を緩めていた。
「なら、明日から準備だな」
明日…ということばに正直不安を覚えていた。
その感情が多分、顔に出ていたのだろう。
隣にいたテオが、こちらを覗き込むようにして笑った。
「大丈夫大丈夫。まずは簡単なクエストから!
いきなりダンジョンに放り込むとか、そんな鬼みたいなことはしないから」
「その言い方がすでに不安なんだが」
アッシュの低い声に、
テオはいつも通りの軽いノリで「信用ないなぁ」と呟く。
そのやり取りのいつも通りさに笑ってしまった。
「だが、万が一想定外な出来事があったとしても、
制御できる力以上のものを俺たち以外の前で使うな。約束できるな?」
「無理はしないよ!」
「よし、なら飯食べるぞ。話は終わりだ。」
「やっとかよ」
隣でテオが伸びをする気配と、正面では、新しい肉串に手を伸ばすノルン、その横でアッシュは、大きな器をとり、豪快に口に流し込んでいた。
その中、私は、再度冷めかけた料理をもう一度見下ろし、小さく息を吐いた。
今は考えるのはやめよう。
フォークのような食器を手に取り、
目の前にあるサラダに手をつけた。
食事どころではないくらい、
胸の中はまだ、いっぱいいっぱいだった。
それでも、口に運んだサラダには、
ちゃんと味があった。
……ちゃんと、味がした。




