28.存在証明
私の真っ直ぐな言葉が、
重苦しく張り詰めていた部屋の空気を叩き割ったのだろう。
ギルド長は目を見開いたまま、しばらく私を見つめていた。
いかつい顔に浮かんでいた困惑が、
ゆっくりと真剣な色へ変わっていく。
「……強くなるために、生きるため、か」
ギルド長は低く呟き、腕を組み
視線は私からテオに流れ
最後に、机の上のひび割れた水晶へ落ちる。
「生きるために力を求める。
そいつは、冒険者としてこれ以上ねぇくらい立派だ」
その言葉に、少しだけ胸の奥が熱くなった。
けれど、その熱はすぐに冷めていく。
ギルド長の表情が、少しも緩んでいなかったからだ。
「だがな、嬢ちゃん……」
「……はい」
「その力は、下手すりゃ国を巻き込む火種になる」
急に突きつけられたあまりにも大きな話に
頭がついていけるはずがなかった。
「この力のことは、三人以外にはなるべく隠せ。
もし表沙汰になってみろ……テオなら分かるだろ?」
ギルド長の含みを持たせた言い方に、胸の奥がざわついた。
半歩前にいるテオは、頭をかきながら苦笑していた。
「……ベルーナだよな」
「ああ。あそこにだけは絶対知られるな」
ギルド長の声が、さらに低くなる。
「あの国は、イカれてやがる」
「イカれてる、か……全くだね。」
吐き捨てるように言葉を放つテオの横顔は、
恐ろしく冷たい表情を浮かべてた。
「ベルーナは、力を持つ者を放っておかない。
ましてや、ルナみたいな存在を知ったら……絶対に利用するだろうな」
「はぁ……勇者だの、神託だの、正義だの。
あの国は、そういう言葉で何でもやり放題だし
戦争も、略奪も、逆らえば、命なんてない。」
隠しきれない嫌悪が二人には滲んでいる。
──勇者
私の知っている物語なら、国を救う存在のはずなのに
この世界ではどこか違うみたい。
少なくとも、ベルーナという国とは関わりたくない。
いや……関わったら終わりなんだと理解するには十分だった。
想像しただけで、恐怖に喉が詰まり、息がうまく吸えなくなる。
落ち着こうとして小さく息を吸ったつもりだったのに、
肩がわずかに震えてしまった。
その変化に気づいたのだろう。
半歩前にいたテオが、私の隣まで下がってくる。
そして、こちらへ視線を向けた。
その瞬間、彼の瞳にあった冷たさがすっと和らぐ。
「……ま、そんな顔しないの。ルナ」
テオは私の目線に合わせるように少し屈むと、
いつもの飄々とした、けれど確かに暖かさを感じる笑みを浮かべた。
「どれだけその勇者がイカれてようが、ここはベルーナじゃないからさ?」
テオの言う通りだ。
ここはそもそもベルーナでもない。
今すぐ怯える必要もない。
「大丈夫!怖くないよ」
大きく振り絞った声だった。
私なりにも上出来だとは思う。
震えを隠すなんて出来ないけど
テオに向けてニッと笑って見せた。
テオの手が私の頬を引っ張り
「下手な笑顔」ってケラケラ笑ってる。
「まぁさ!まずは登録しないと先に進めないっしょ?
気楽に気楽に行こうぜ!」
「お前はもうちょい慎重にならんとアッシュに怒られんぞ」
「今はこれでいいの!これ以上怯えさせてどうすんの!」
「……それは、まあ、そうだが……」
ギルド長は大きく息を吐き、
机の上の水晶を指で軽く弾く。
ひび割れた水晶が、かすかに澄んだ音が鳴る。
「いいか、ルナ。
お前さんは、登録すること自体はできる。
素性の分からんやつなんて冒険者は多くいるからな」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなるが
ギルド長の目はまだ険しいまま揺らぐことはない。
「だが、条件がある」
「条件……ですか?」
「ああ」
ギルド長は指を一本立てた。
「まず一つ。その力は隠せ。
お前の魔力については、ギルド内でも限られた者にのみ情報開示し、受付にも、測定水晶の不良として処理させる」
「……不良で通るんですか?」
「過去に前例はない。
だが今回は、水晶がメンテナンス不足で、
たまたま壊れた。偶然、お前さんは、居合わせただけだ。」
──偶然で済むものなのか。
そう思ったのだけど、ギルド長は淡々と続ける。
「二つ目。
単独での依頼は認めねぇ。
必ずテオ、ノルン、アッシュの誰かと同行すること」
「それはもちろん」
私が答えるより先に、テオが軽く手を上げた。
「ルナひとりで行かせる気なんてないよ。
帰って来れなくなるじゃん」
「そこまでじゃ……」
言い返そうとして、言葉が詰まる。
確かに、いつも誰かと一緒だった
ひとりでは迷子にならない自信なんてなかった。
テオはそんな私を見て、楽しそうに目を細める。
「ほらね」
──少し悔しい。
ギルド長はさらに続ける。
「三つ目。ここが1番大事だが、
万が一魔力が暴発して、他の奴に見られた場合すぐ報告しろ 。」
「分かりました。」
今までの条件で1番低い声だった。
ギルド長が言うてたように1番大事なことなのだろう。
私が誰かを傷つけないため、
そして私自身が普通に生きるための条件。
私は背筋を伸ばし、ギルド長をまっすぐ見た。
お互いの目が、絡んだまま
ギルド長の目が、何かを確かめるように細められる。
「……いい目だ」
ギルド長は、そう言うと、机のそばに置かれていた椅子を引き、腰を下ろした。
そして引き出しから一枚の白い紙とペンを取り出す。
「じゃあ冒険者登録するぞ。
改めてギルド長こと、ゴーラスだ」
そう言いながら、ギルド長のゴーラスは
書類にスラスラ書き進める。
「表向きは、テオの監督付きの新人冒険者。
それで通す。名前は、ルナでいいんだな?」
「はい。ルナでお願いします」
ゴーラスさんは短く頷くと、書類を書き終えたのか、
ペンを下ろし、引き出しから、印鑑のようなものを取り出した。
「よし。手をだせ。刻むぞ」
「……刻む?」
「冒険者証みてぇなもんだ。
手の甲に刻まれる星の数で、だいたいのランクが分かる。
新人は一つ星だ。」
私は言われるまま、恐る恐る手を差し出した。
ゴーラスさんはその手の甲へ、印鑑のような魔道具をかざす。
淡い青い光が、肌の上にふわりと広がる。
「……っ」
痛みは全くと言うほど感じなかったが、
冷たい水が指先から腕へ流れ込むような、不思議な感覚がした。
光が収まったあと、
私の手の甲に、一つ星が一瞬だけ浮かび上がり、
その下に刻まれる見たことない文字が
すっと肌に溶けるように……。
「……消えた」
「だがしっかり、登録はされてるぜ。」
ゴーラスさんはそう言うと、
机の上に置いてあった手のひらほどの金属板を取った。
「普段は見えねぇ。だが、ギルドの鑑定具を通せば見える。
冒険者証代わりってわけだ」
ゴーラスさんが金属板を近づけると、
さっき消えたはずの星が、淡い光をまとって再び浮かび上がった。
一つ星。
その下に、私には読めない文字がいくつか並ぶ。
「……本当に、出た」
「名前と登録情報だ。
魔法文字だから読めないやつも多いが、
ギルド側では確認できる」
ゴーラスさんはそう言って、金属板を机に戻した。
私はもう一度、自分の手の甲を見る。
けれど、星も文字もすぐに消えて、
そこには何も残っていない。
それでも、確かに刻まれている
名前も存在も不確かな私に
冒険者ルナとして存在が生まれたという事実。
「……ありがとうございます」
ゴーラスさんに向かって頭を下げると、
彼は少し照れくさそうに視線を逸らした。
「礼を言うのはまだ早ぇよ。
あんま派手なことはしてくれるなよ」
「はい」
「それと、テオ」
「はいはい、何?」
「お前が連れてきたんだ。
最後まで面倒見ろよ。そしてお前も目立ちすぎるな」
「俺?」
「ああ。賢者のところへ行くつもりなんだろ?
お前が目立てば、あいつの居場所まで辿られる。
そうなりゃ、ルナだけの問題じゃ済まねぇぞ」
その一言に、テオの笑みがほんの少しだけ固まる。
「……分かってるよ」
いつもの軽い声だった。
けれど、横顔がほんの少しだけ引きつったように見えたのは、一瞬だけだった。
次の瞬間には、テオはもういつもの笑みに戻っている。
「じゃ、ルナ。そろそろ戻ろっか」
テオに呼ばれて顔を上げる。
「……うん」
小さく頷くと、
テオはいつもの調子で扉へ向かって歩き出した。
私も、その後に続く。
扉の前で一度だけ足を止め振り返ると、
ギルド長は腕を組んだままこちらを見ていた。
「ルナ。強くなりたいなら、焦るな。
急いで掴もうとする奴ほど、力に呑まれる」
「はい」
「わかったならいい。」
ギルド長はそれ以上何も言わず、
腕を組んだまま、静かに目を伏せた。
私は前を向き直し、扉を開ける。
外から、先程までの重苦しさとは違う、
騒がしいほどのギルドらしい活気が流れ込んできた。
部屋を出て、扉が閉まりかけたその瞬間。
遠くから、小さくゴーラスさんの声が落ちた。
「……忘れるな」
小さく響く忠告だった。
──バタン。




