27.普通じゃない
部屋に入った瞬間、張り詰めた空気が割れるように、ギルド長の笑い声が鳴り響いた。
「ぐははは! そんなに怯えんなよ、お嬢ちゃん」
「えっ……」
あまりにも豪快な笑い声だった。
限界まで身構えていた緊張の糸が、ぷつりと切られたかのように、私はただ唖然と立ち尽くすしかなかった。
「ギルド長のせいでしょ。いつも通りしてくれたらいいのに!何さっきの形相!!」
「いや……受付が汗ダラダラで割れた水晶持ってきたらそりゃ!こっちだって身構えるぜ?」
さっきまでの空気が変わるような威圧感はなく、
それどころか、大柄な体を少し丸めてテオと言い合う姿は、思っていたよりもずっと親しみやすく見える。
そんな二人のやり取りを見つめていると、ギルド長はコホンとわざとらしい咳払いをし、机の上に置かれていたものへ視線を落とす。
そこにあるのは、亀裂の入った測定水晶。
「……ま、冗談はここまでだ」
ギルド長の目が、一瞬で鋭くなるが、
また優しい目に変わる。
「嬢ちゃん。さっき受付から聞いてたが、まさか魔力測定で水晶を叩き割るとはびっくりして焦ったぜ!
まぁそれだけじゃ無さそうだが」
ギルド長は大きな手で顎をさすりながら、テオに向き直る。
「テオ。お前、受付で見てたんだろ。この水晶、最初は黒に染まったってのは本当か?」
「うん。間違いないよ。普通、測定水晶が黒に染まることなんてない。
全属性持ちの魔法使いなんて、俺も聞いたことないしね」
その言葉を聞いた瞬間、
ギルド長の表情から笑みが消えた。
「……全属性、だと?」
低く呟いた声に、思わず肩が跳ねる。
ギルド長は無意識に、机越しにこちらへ身を乗り出した。
けれど、すぐにテオが私の前へ半歩出る。
「ギルド長」
短い一言だった。
けれど、それだけでギルド長ははっとしたように足を止めた。
「ああ……悪い。脅かすつもりはなかった」
ギルド長は大きな手で後頭部をかき、
今度は私を怖がらせないように、少しだけ声を落とした。
「嬢ちゃん。落ち着いて聞け。
お前さんが悪いことをしたわけじゃねぇ。ただ……その魔力は、普通じゃねぇんだ
で、テオ、ほかのメンバーはこの事知ってるのか。」
「知ってるよ。それに最初見つけたのはノルンだ。」
「はぁぁ……あいつも、妙なもんを拾ってきたな……」
ギルド長は頭を抱え、大きなため息を着いており、
その顔には、困惑と、それ以上に頭を悩ませているようだった。
それに、私自身も自覚があった。
テオから聞いてる限り、私が危険な存在になり得る事も。
──でも……
心の中で渦巻いていた言葉を遮るように、
テオの声が割って入ってきた。
「でも、ルナはあの水晶が割れるくらいの魔力をコントロールしてんの」
「これが証拠だよね」
テオは、ひび割れた水晶に視線を落とし、
ギルド長も彼の視線につられて視線を水晶に向ける。
「……どういう意味だ」
「溢れようとする魔力と、それを抑え込もうとする力。
その両方が水晶の中でぶつかった。
んで、その負荷に耐えきれず壊れたってこと」
その言葉に、私は思わず自分の手を見下ろした。
あの時、正直かなり焦っていた。
また暴発して、誰かを傷つけるかもしれない。
練習してきたことが、全部無駄になるかもしれない。
それ以上に沢山の感情が溢れ、何より強かったのは、
3人を裏切れない気持ちが、私に冷静さをくれた。
「最初に黒が出た。でも、すぐに青へ変わった。
あれは属性の色じゃない」
「属性じゃねぇなら、何の色だ」
「あの子自身の魔力の色だよ。俺の師匠
賢者と同じくらいのすげぇ魔力……ってこと」
テオの声が、少しだけ低くなる。
そして、ギルド長の眉が、ぴくりと動いてすぐ
私視線を戻し、そのままテオに向く。
「見たこともねぇ色を出したうえに、水晶まで割って……。
その挙句、嬢ちゃんが、賢者と同じ魔力って」
「うん。そして師匠も全属性はもってないし、
ルナは、その属性全てを自力でコントロールしようとしてる」
テオの言葉を聞きながら、
私はきゅっと自分の手のひらを握りしめ
胸の奥に必死で力を込めた。言葉にできなかったあの瞬間の必死さを、テオはすべて見抜いていた。
ギルド長はしばらく沈黙したあと、
大きく息を吐き出し、私をまっすぐ見つめた。
その目には、さっきまでの親しみやすさだけではなく、
どこか、測りきれないものを見るような色が混じっていた。
「……お嬢ちゃん。
お前、自分がどれだけとんでもねぇことをしたか、分かってねぇな?」
「分かってます」
自分でも驚くほど、声は震えていなかった。
ここにいる全員の視線が、私に集まる。
分かっている。
テオが言っていたことも。
私の魔力が、普通じゃないことも。
一歩間違えれば、誰かを傷つけるかもしれないことも。
それでも。
だからこそ。
「強くなるために、生きるために。
私は、冒険者になりたいんです」




