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愛を乞う少女は、漆黒の泥で世界を壊す  作者: ちぇるしー


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26.不穏な水晶

「こんにちは、テオさん。今日はどうされましたか?」


受付に立っていたのは、

オレンジ色の髪を短く切りそろえた、華奢な女性だった。


慣れた様子でテオに微笑む姿を見る限り、

どうやらここの受付の人らしい。


「やっほー。今日はこの子の冒険者登録をお願い!」


「冒険者登録、ですね」


受付の女性はそう言ってから、

私の方へ柔らかく視線を向けた。


「初めての登録でお間違いないですか?」


「あ、はい……」


さっきよりは落ち着いて答えたつもりだったが

やっぱり少し強ばってしまう。


受付の女性はそれに気づいたのか、

穏やかに笑い、話を続けた。


「大丈夫ですよ。難しいことはありません。

こちらで簡単な確認をしてから、適性を見るだけですので」


──適性。


聞き慣れない言葉に、胸の奥が小さく跳ねる。


私がテオを見上げると、

彼は安心させるように、いつもの軽い調子で笑った。


「まあ、戦闘ステータスとか、

魔力の量、属性とかそういうのをざっくり見るだけ!」



属性という言葉が、胸の奥に沈んでいた不安を煽った。


魔法を使えるようになったとはいえ、

自分が何の属性かなんて、まだ分からない。


それに、前にテオは言っていた気がする。

私の魔力は、いくつもの属性が混ざっているみたいだ、と。


──本当に、大丈夫なのだろうか。


そう思っていると、

受付の女性が一枚の紙を差し出してきた。


「では、まずはこちらにお名前をお願いします」


差し出された紙を前に、私は手を止め、

その無機質な空白に、現実を突きつけられていた。


少しはこの世界に慣れてきたと思っていたのに、

いざ名前を書こうとした瞬間、私は自分が何者でもないことを、嫌というほど思い知らされた。


名乗れる苗字なんて、私にはないし、

前の世界の名前も、今はもう確かなものじゃない。


今わかるのは、るなと言う偽名だけ。


ペンを握ったまま動けずにいると、

隣にいたテオが、私の手元を覗き込むようにして、ひょいと顔を出した。


私の指先が震えていることに気づいたのか、

彼は私の手からすいっとペンを抜き取る。


「……テオ?」


「あ、ごめんリオンさん。名前の前に、先に魔力を見てもらってもいいかな? この子の魔力、ちょっと規格外な気がするんだよね」



「魔力、ですか……?

ですが、通常は先に登録情報を……」


困惑するリオンさんを押し切るように、テオは真剣な眼差しで言葉を重ねた。


「多分だけど、測定結果が出たらギルド長を呼ぶことになると思うよ。二度手間になっちゃうし、先にそっちから片付けちゃおう」


リオンさんは、その言葉に少しだけ躊躇いを見せたが、

テオの横顔はいつもの軽い調子とは違い、真剣な声色をしていた。

それがただの冗談ではないのだと、リオンさんも悟ったようだった。


少し迷ったようにも見えたけれど、

やがてリオンさんは顔を上げ、穏やかに頷いた。


「分かりました。では、先に魔力適性を確認しましょう。

……るなさん、こちらの測定水晶に、手を」



指し示された測定水晶に、私は恐る恐る手を重ねる。


触れた瞬間、

水晶が手のひらからじわりと色を変えていく。


最初に滲んだのは、黒だった。


「……っ」


思わず息が詰まる。


けれど、その黒はすぐに薄れていき、

代わりに、海底のような深い青が

水晶の奥へ静かに満ちていった。


──よかった。


黒くならなかったことに、ほんの少しだけ安堵する。


けれど、次の瞬間。


──バキッ。


乾いた音が、受付の周りに響き、

水晶に、細い亀裂が走っていた。


「……え」


リオンさんの声が、ほんの少しだけ震えた。

私は不安になって、隣のテオを見上げる。


「これって……」


「あー……やっぱり」


テオは困ったように頬をかいた。


リオンさんはすぐに表情を整えると、

私たちに向かって深く頭を下げた。


「申し訳ありません。少々、このままお待ちください」


そう言って、彼女は震える手で

水晶を抱えるように、

奥の扉へ足速に消えていった。


さっきまで賑やかだったギルド内の音が、急に遠く

まるで自分だけが別の場所にいるような、変な感覚だった。

思わず周囲に視線を向けると、割れた水晶を見て、

周辺にいた冒険者がひそひそと顔を見合わせている。


何を言っているのかまでは聞こえない。

けど、向けられる視線が普通じゃないものを見る目だということだけは、痛いほど伝わってきた。


「……大丈夫、かな……」


絞り出した声は、自分でも驚くほど細く、

不安が胸の奥からじわじわと広がっていくように、

背中に嫌な汗が滲んでいた。


「何かやらかしたわけじゃないよ。ただ、ちょっと珍しいだけ」


「ちょっと……?」


隣に並んだテオが、私の不安を遮るように明るい声を出す。


「うん。ちょっと」


テオはそう言って笑っているけど、

その笑顔が少しだけ引きつっていることに、

私は気づいてしまった。


その事実が、私のちょっとではない

異常さを何よりも物語っていた。


やがて、奥の扉が開く。


リオンさんの後ろから現れたのは、

年季の入ったコートのようなものを羽織った、大柄な男性だった。


大柄な男性が入ってきた瞬間、

ギルド内の空気が一気に変わった。


「テオの隣にいるのが、登録希望の嬢ちゃんか」


責めるような響きではなかった。

けれど、ただそこに立っているだけで、

場の空気が少し重くなるような人だった。


テオが、私の前に半歩出る。


「ギルド長。脅かさないでよ。

この子、既に怯えてるんだから」


ギルド長と呼ばれた男は

テオを一瞥してから、小さく鼻で笑った。


「分かってる。だから、俺が出てきたんだ」


そう言うと、ギルド長は奥の扉を顎で示した。


「お前ら、こっちへ来い。」


低く落とされた声に、思わず背筋が伸びる。


テオは小さく息を吐くと、

私にだけ聞こえるくらいの声で言った。


「大丈夫。俺も一緒にいるから」


その言葉に、少しだけ胸のざわめきが落ち着いた。


私は小さく頷き、

テオの後ろについて、受付の奥へと足を踏み入れた。


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