22.青になった漆黒
あの決意を噛み締めた日から、数日が過ぎた。
私は相も変わらず、森の奥で魔法の練習を続けている。
制御することも、
魔法を出すことさえギリギリだったのは、つい数日前のこと。
まだ制御こそ覚束ないが、
魔法の発動は、自分の意思でコントロールできるようになっていた。
「……灯れ」
森の木々が揺れ、
軽く吹く風に、私の声が溶けていく。
今までは、黒が混じったようなくすんだ色しか出すことができなかった。だが、今日は違った。
次の瞬間、指先に宿ったのは、
──深い、深い、海の底みたいな青。
あるいは、絵の具のロイヤルブルーに近い色。
「……濃い青!? すげぇ!」
少し離れたところで魔物を警戒していたテオが、
跳び上がって駆け寄ってきた。
彼の右目に浮かぶ魔法陣が、
驚きを具現化したみたいに、青く点滅している。
それに続いてアッシュも近づいてくる。
だが、ノルンだけは少し離れた木陰に座ったまま
こちらを静かにみていた。
「テオ、それってすごいのか?そんな色初めてみたが……」
ピンと来ていない様子で、
アッシュは興味津々に首を傾げ、
テオは目を見開いたまま勢いよく振り返る。
「すげぇに決まってるだろ?
こんなの、師匠の魔法でしか見たことねぇよ」
「え、師匠超えてるのか!? すごいな……」
「なわけねぇだろ!」
即座に否定したあと、
テオははっとしたように私を見た。
「……いや、違う、そうじゃなくて!
ちが、ルナがすごくないって意味じゃなくて!
むしろすごいんだって、本当に!」
慌てて両手をぶんぶんと振る。
その動きに合わせるように、
右目の魔法陣まで落ち着きなく点滅していた。
「えーと、だから……
すごいのはすごい!でもその……比べる相手が悪いっというか……あぁーっ!!違うな、悪いって言い方も違うし……もう!」
いつも通り、どこかコントみたいなやり取りが始まる。
しっかりしていて、大人びて見えるのに、
こういう時のアッシュは少しずれているし、
テオの慌て具合にも私はつい笑ってしまう。
「テオ、大丈夫だよ」
私が笑いながらそういうと、
動きを止めて、不安そうな顔をしてこちらを見る。
「ほんと……?」
「うん!分かってるし気にしてないよ」
「良かった……」
テオは露骨にホッとした顔をしてすぐに
「もう、アッシュが変なこと言うから……!」
とボヤいていた。
「だってお前、師匠しか見たことないって言っただろ。師匠がすごいなら、ルナもすごい。間違ってないよな?」
アッシュは本気で不思議そうに首を傾げている。
この人はきっと、目の前で起きた物事をそのまま信じてしまう、真っ直ぐな人なのだろう。
「理屈はそうだけど! レベルの話だよ、
レベルの! ……ったく、アッシュはこれだから……」
騒ぐ二人を横目に、私はそっとノルンへ視線を向けた。
その瞬間、すぐそばで続いていたはずのテオとアッシュの声が、やけに遠のいていくように感じた。
木陰に座っていたノルンと視線が合う。
その時、ノルンの唇が、音は聞こえないが確かに動いていた。
『よくやった』
あの水場で見た優しい目で、彼はうっすら笑みを浮かべてた。
心臓がとくんと鳴り、余韻に浸る。
──また進めた気がする
まだ彼に上手く笑いかえすことができない
──けど
「……っ」
視界がわずかに潤みそうになり、私は慌てて俯く。
指先に灯るロイヤルブルーの光が、今の私の鼓動に応えるように、ひときわ強く、けれどどこまでも優しく輝いた。
「おーい、ルナ? どうした、急に黙り込んで」
テオの呑気な声が鼓膜を叩き、魔法が解けたように周囲の音が戻ってくる。
「……なんでもないよ。ちょっと、綺麗だなと思って」
テオが、何かを言いたげに私を覗き込む。
私の変化に気づいたのだろう。心が跳ねた瞬間、魔法の色がさらに鮮やかさを増したのを、あの右目が見逃すはずがない。
それをかき消すかのように、
まだ少しだけ震える指先でその輝く青い光をそっと握り潰す
手のひらには、確かに温かな感触が残っている。
──返したい
彼の一方通行の笑みじゃなくて
いつかちゃんと、私の方からも。
そのためにも、もっと強くならなきゃいけない。
ゆっくりと顔を上げる。
森の奥を吹き抜ける風は冷たいのに、
胸の中には、不思議なくらいあたたかなものが残っていた。
「……もう一回、やってみる」
ぽつりと零れた私の言葉に、
テオがぱっと顔を明るくする。
「いいね、それ!
その色、安定して出せるようになったら絶対すごいって!」
「今度は師匠より上かもしれんな」
「だから違うって言ってんだろ、アッシュ!!」
その声を聞きながら、私はもう一度、そっと手を開いた。
指先に宿る青は、
さっきよりも少しだけ、迷いなく揺れていた。




