21.朝のひととき
水場を出て、そのまま食堂へ向かうと、
キッチンからは食器の触れ合う
乾いた音だけが聞こえてきた。
「おう、起きたか」
私の足音に気づいたのか、
親父さんがカウンターの向こうからひょいっと顔を出し、
私の顔をじっと見つめてくる。
「昨日よりは、顔色いいじゃねぇか」
ぶっきらぼうな声なのに、
なぜか温かみを感じた。
きっと、そういう人柄なんだろう。
そんなことを思いながら、
私はそのままカウンター席の端に腰を下ろす。
「……だいぶ、落ち着きました。
ご心配おかけしました」
「なら良かった」
親父さんは短くそう言ってから、
思い出したように口を開いた。
「あーそういやノルンなら、
さっきパンだけ持って上に戻ったぞ」
そう言いながら、
目の前に程よくバターの染みたトーストと、
琥珀色の飲み物が入ったカップを無造作に置いていく。
「……そう、ですか」
──やっぱり、気を遣わせてしまったのだと思う。
ノルンのことだ。
私が気まずい思いをしないように、
部屋へすぐ戻ったのかもしれない。
「まぁ、食べた食べた」
親父さんのその一言で、
沈みかけていた意識が引き戻される。
「……はい。いただきます」
ぼんやりそんなことを考えていると、
テーブルの上から甘い果実の香りがふわりと漂ってきた。
確かめるようにカップへ口をつけると、
甘酸っぱい味がやさしく喉に落ちていく。
「美味しい……これって、なんですか?」
桃に似たやわらかな香りなのに、
口に広がる味はもっと甘酸っぱくて、
どこかいちごを思わせる。
「乾燥させた果実を煮出した茶だ。
寝起きにはちょうどいいぞ」
親父さんはカウンターの下で作業をしながら、言葉を続けた。
「まあ、あいつも不器用だからな。
……ただ、さっきのあいつは、なんだか少しご機嫌そうだったぞ」
ぽつりと落とされた言葉に、私は思わず顔を上げた。
「昔はあいつも、お嬢ちゃんみたいな面してた時期があったんだぜ」
「ノルンが、ですか…?」
想像がつかなかった。
今まで見たノルンは、穏やかでいつも冷静にみえていた。
「おうよ。
だからまあ……あいつには少しは分かるんじゃねぇかな。逃げたくなる気持ちも、向き合うことの難しさも」
ノルンには、一体何があったのだろう。
「ま、本人からいつか聞いてやってくれ。俺から言うのも野暮だからな」
片手をひらひらと振りながら、
親父さんはそそくさとキッチンへ消えていった。
残されたのは、
手元で静かに湯気を立てるカップと、
食べかけのトーストだけ。
私はそれをもう一度手に取って、
小さくひと口かじる。
──まずは、魔法を頑張らなきゃ
決意を噛み締めながら、朝食を食べ終えた。




