18.変わりたい気持ち2
相変わらず、空気は冷たいまま
優しい視線だけが私を捉える。
その視線を向ける
テオは困ったように少しだけ笑った。
「先に言っとくけど、
あいつ、怒ってないよ。
むしろやっちまったとか思ってんじゃないかなー」
テオはそこで少しだけ声をやわらげた。
「だからさ、るな。
そんなに自分を責めんなって」
私の頭の中を見透かされたような気がして、
胸の奥がきゅっとなった。
「……テオって、すごいね」
もう、涙をこらえるのは限界だった。
一度あふれてしまえば、何度拭っても視界はすぐに滲んだ。
焦るテオの顔さえ、涙越しに歪んでよく見えない。
すると、目の前がふっと暗くなり、
テオの部屋と同じ匂いが鼻をかすめた。
「あー……涙は俺むり。
ほら、腕貸すから」
必死に差し出されたその腕がおかしくて、
泣いているはずなのに、喉の奥からと小さく笑いが漏れた。
重く沈んでいた胸の奥に、ほんの少しだけ隙間ができて、
呼吸が楽になる。
「……なに、それ……」
しゃくりあげながらそう言うと、
テオは困ったように眉を下げる。
「いや、だって……そういう時ってどうしたらいいか分かんなくて。肩貸すのもなんか違うかなーって」
「腕なの……?」
「腕ならセーフかなって」
何がどうセーフなのかは分からない。
けれど、少しおどけて見せたテオのおかげで
張りつめていた空気がほどけた。
私はおそるおそる、
差し出されたその腕に額を押しつけた。
あたたかい。
それだけで、また涙がこぼれそうになる。
「……私、最低なんだよ」
ぽつりと落ちた声は、
自分でも驚くくらい弱かった。
テオは何も言わず、
ただ腕を引っ込めることも、茶化すこともしなかった。
「怖いのは本当なの……
でも……ノルンが怖い訳じゃないの。」
喉の奥が詰まって、声がうまく続かない。
「優しくしてくれたのに
……ありがとうさえもまだ言えてない」
そこで言葉が途切れてしまう。
テオは少しだけ黙ってから、ぽつりと口を開いた。
「……うん」
責めるでもなく、
無理に慰めるでもない声だった。
「るながしんどかったのも本当。
ノルンが傷ついたのも、本当。」
静かな言葉が、
泣いて熱くなった胸の奥に、すっと落ちていく。
「だからさ。
今るなが気にしてるなら、それだけで十分なんじゃない?」
「……十分?」
「うん。
本当に何とも思ってないやつは、
こんなふうに泣かないし、悩まないっしょ」
私は何も言えず、
ただテオの腕に額を押しつけたまま、小さく息を吸った。
「変わりたい、って思ってんでしょ?」
その言葉に、胸が痛む。
「……うん」
やっとのことで、それだけ答える。
「なら、今すぐ全部言えなくてもいいよ。
少しずつでいい。
まずは、逃げずに顔を見るとこからでもさ」
テオは少しだけ明るい調子に戻って、続けた。
「ノルン、逃げないし」
思わず、涙で濡れたまま顔を上げる。
「……そう、かな」
「そうだよ。
あいつ、変に真面目だから、
たぶん今ごろ次は三歩下がるべきか……とか本気で考えんじゃないかなー」
その想像が少しだけ可笑しくて、
私は涙のまま、ふっと息を漏らした。
「……ありそう」
「でしょ?
だから、るなも今は泣いとけ。
泣き終わってから考えればいい」
──泣き終わってから
その言葉に、ぐちゃぐちゃだった胸の中がほんの少しだけ整理される気がした。
すぐにうまくやれるわけじゃない。
怖いものが、いきなり怖くなくなるわけでもない。
──それでも。
それでも私は、
ちゃんと伝えたいと思った。
怖かったことも。
嫌いじゃないことも。
傷つけたくなかったことも。
そして、私の過去も。
涙で滲む視界の向こうで、
テオがほっとしたように笑う。
その顔を見ながら私は、
震える息をひとつ吐き、笑い返した。
──いつかノルンとちゃんと話したい。
そう思えただけで、
さっきまでの暗さが、ほんの少しだけ遠のいた気がした。




