14.始まりの朝
朝、目が覚めた時。
どのくらい寝ていたのだろう……。
見慣れない天井。
木の匂い。
差し込む淡い光。
そこでようやく、
昨日のことが夢じゃなかったのだと知った。
あのあと、あの人たちは大丈夫だったのだろうか。
私は、これからどうすればいいのだろう。
考えようとするほど、
胸の奥が落ち着かない。
どくん、どくんと、
うるさいほどの鼓動が不安を煽る。
知らない土地で、
お金のことすら分からない。
そんな私が、一人で生きていけるはずがなかった。
現実から逃れるように、全身をシーツに埋めた。
──コンコンコンコンコン!
「おーい、起きてるー?」
その声に、私は勢いよくシーツから頭を離した。
すると、扉がほんの少しだけ開いて、
その隙間から、丸いぬいぐるみがひょこっと現れた。
思わず、そのつぶらな目と目が合う。
一瞬、何が起きたのか分からなくて、
張りつめていた息が少しだけ抜ける。
「……ほら、怖くないですよーっ」
ぬいぐるみに続いて、テオが扉の隙間から顔を覗かせた。
……なんだろう。
少し気の抜けた雰囲気のせいなのかな。
不思議と彼には恐怖を感じなかった。
テオはぬいぐるみを抱えたまま部屋に入り、
そのまま近くの椅子に腰を下ろす。
「んー、今日は落ち着いてるね。体調はどう?」
赤い髪をふわふわ揺らしながら、
テオは首を傾げた。
「大丈夫、です……。
でも、昨日のあれ……
私、どうなってたんですか……?」
「あー……簡単に言うと、
魔力が一気に溢れた、って感じかな。
……で、聞いていいのか分かんないんだけどさ」
そこで一度だけ、
テオはいつもの軽い調子を少し落とした。
「るなって、ああなる時に何か心当たりある?
怒りとか、強い感情がきっかけになる人は多いんだけど」
「ただ……怖かったんです。
怖くて、怖くて……たまらなくて」
「怖い、か……
そっか。まぁ、オレは怖くないってことで大丈夫か!」
にっと笑って、
テオはそれ以上深く踏み込まず、
うさぎのぬいぐるみを私の手元に置いた。
「はい、これ。るなにプレゼント!
魔法で作ったぬいぐるみ」
「プレゼント……?」
「この怯えてる感じ、るなっぽいなーって。
魔法で編んだんだよね!」
やっぱり、この世界には魔法があるんだ……。
そんな当たり前みたいな一言に、
胸の奥が少しだけざわつく。
「魔法で……?」
思わず、手元のぬいぐるみを見つめる。
やわらかな感触は確かにそこにあるのに、
それが魔法で作られたなんて、まだうまく信じられなかった。
「そうだけど……え、るなって魔法のこと、知らないの?」
きょとんとした顔のまま、テオが瞬きを繰り返す。
「……知らない、です」
自分で口にしてみても、
それがどれだけおかしなことなのかは分からなかった。
けれど、テオの反応を見る限り、
たぶん私が知っている普通と、
ここの普通はずいぶん違うのだろう。
「へぇ……そっか。
いや、ごめん。悪気はなくて、ちょっとびっくりしただけ」
そう言って、テオは慌てたように手をひらひら振った。
「魔法って、使えない人もいるけど、
知らないって人はあんまりいないんだよね。
誰でもぽんぽん使えるわけじゃないけど、
見たことも聞いたこともないってのは、けっこう珍しいかな」
「じゃあ……
昨日のあれも、私の魔法だったってことですか……?
私も、使えるんですか?」
昨日のことを思えば、
そんなふうに考えるのは不謹慎なのかもしれない。
迷惑をかけたばかりなのに、
それでも魔法という言葉に、
胸の奥がほんの少しだけ高鳴ってしまった。
「うん。昨日のあれ、たぶんるなの魔力。
だから、るなは魔法を使えるってことだと思う。
で……たぶんなんだけど、魔力量はかなり多い。
下手したら、俺よりずっと上かも」
──俺よりずっと上かもしれない。
その言葉に、昨日の荒れた部屋が脳裏に浮かぶ。
無意識に、シーツをぎゅっと掴んだ。
あんなものが自分の力だと言われても、
素直に嬉しいとは思えなかった。
少し胸が躍ったかと思えば、次の瞬間には怖くなる。
自分の心なのに、忙しすぎて馬鹿らしくなる。
そんな私の顔に気づいたのか、
テオは苦笑して肩をすくめた。
「うん、まあ、今それは褒め言葉にならないか。
でも大丈夫。
ちゃんと知って、ちゃんと慣れれば、
怖いだけのものじゃなくなるかもしれない」
怖いだけのものじゃなくなる。
そんな日が、本当に来るのだろうか。
まだ信じきれない。
けれど、
テオが当たり前みたいにそう言うから、
ほんの少しだけ、
そういう未来もあるのかもしれないと思ってしまった。




