勇気の忍び足
ティールならどうするか、と考えて、ニーシュブルは当初の考え通りティールを探すことにした。
三人のうち、どうなるかが大体決まっているのはティールとアルカイオスだ。だがアルカイオスは既に買い手が決まっているような状況で、人攫いや辺境伯の目を潜り抜けて助けるのは不可能だろう。一方ティールは、売られる先は絞られるものの今はまだ仮置きの牢屋にいる可能性が高い。警備も手薄なはずである。
(前捕まったところと似てるな……)
ニーシュブルは思い当たる方向へと向かう。人攫いの姿は無いが、攫われた人はいるので彼らにも気取られないよう慎重に進む。ここで警備を呼ばれたらおしまいだ。
ニーシュブルの予想通り、少し進んだ先はニーシュブルがいた所より若干ではあるが整頓されていた。空きの牢もちらほらとあり、ニーシュブルはじっとその中を見つめながら先へ先へと進んでいく。
「……!」
ニーシュブルの予想は見事的中した。大人一人が足を伸ばせる程度の狭い牢屋に、その水色の髪の人物がいた。
「……ティール……!」
声を抑えて呼びかけるがティールは身動ぎひとつもしない。胡座を組んではいるが、背を完全に壁に預けている。
「ティールってば……!」
ニーシュブルは鉄格子を小さく引っ掻いた。ギ、と嫌な音がするが、その音が届いたのかティールが顔を外に向ける。
「……ニーシュブル!」
「しーっ……!」
ニーシュブルが助けに来るのは予想外だったのか、いつものティールと比べてその表情は随分と明るい。
「無事だったか。怪我は? 酷い目に遭ってないか?」
「ケガはしてないよ。ひどい目って……攫われた時点であってると思うけど」
「はは、それもそうだな」
ティールも怪我などはないようだ。いつもの落ち着いた雰囲気にニーシュブルもほっと息をつく。だが、ここは人攫いの縄張りだ。小声で話しているが、周囲の牢に聞こえないとも限らない。ティールは外を一瞥すると短く耳打ちした。
「鍵を取ってきてくれ。真っ直ぐ行って突き当たりを右に曲がると奴らの溜まり部屋がある」
「えっ……あ、あたし!?」
「ああ。方法は他にもあるが、時間が無いだろう。あの二人も捕まる」
確信めいた、事実確信しているのであろう口ぶりでティールは言いきった。一体どうしてそうなるまでに至れたのか見当もつかず、ニーシュブルは感嘆する他無い。だが、ひとつ訂正することにした。
「……二人とも、もう捕まっちゃったみたい」
「そうか、なら尚更時間が無いな。大丈夫、お前ならできるよ。俺を見つけ出したのがその証だ」
「ひー……」
「行ってくれ。今なら酔い潰れている奴しかいない」
(部屋に誰かいるんじゃん……!)
ニーシュブルはティールの牢の前から離れると角に引っ込んで押し殺した深呼吸をする。そしてどこからも音がしない内に出来る限り静かに、かつ素早く石畳を駆ける。
ティールの言った通り、突き当たりを右に曲がると扉が見える。そして近付くにつれ、扉越しにいびきが聞こえてきた。
(うっ)
扉を開ければ軋んだ音がするが、それをかき消すほどの大いびきと酒の臭いが外へ流れ出た。
(くっさい!! どれだけ飲んだらこんな臭いになるの!?)
いびきの主はよりによって部屋の中央のテーブルで酔い潰れていた。部屋は思っていたより狭く、乱雑に箱や布袋が積まれているせいで動きにくい。ニーシュブルはとりあえずテーブルの下に潜り込み、箱の陰になる位置から部屋の奥を見回した。この位置ならもし部屋に誰かが入って来ても入口側からは見えない。
(あった!)
ニーシュブルはそろりそろりとテーブルの下から壁に掛かっている鍵束に近付く。鍵そのものが鉄格子に合わせて大きく、それが十数本で束になっているものだからニーシュブルはかなりの苦労をしてそれを持ち上げた。
「んー……」
(ッ!)
「あー……んが……ごご……」
(こわいよー!!)
「おい! 潰れてんじゃねえぞこの飲んだくれが!」
扉が蹴り開けられるのとニーシュブルが再びテーブルの下に隠れたのは同時だった。荒い足音が一気に近付いて来ると人を殴打する音が続けて聞こえる。
「てめえのせいで大損だ! 嘘教えやがったな!!」
「ぐがっ、ごっ、な、なに──」
(に、逃げなきゃ)
男は酔い潰れていた男を構わず殴り続けている。それは常軌を逸しているが、またとない好機でもあった。男は扉を閉めていない。
ニーシュブルは全力で飛び出した。他に人がいないことを祈り、ティールの牢屋へ走る。
「ティールッ……!!」
「よくやった。貸してくれ」
天はニーシュブルに味方した。ティールは鍵束を受け取ると、分かっているかのように鍵を選び鍵穴を回す。離れるよう手振りすると、ティールは建付けの悪い扉を肩でぶつかり勢いよく開けた。
「よし、離れるぞ。流石に気付かれただろう」
「うん! って、わっ」
「こっちだ」
ティールは牢屋を横目で見ながら走る。少しして、人が一人だけ入っている大型の牢に鍵束を投げ入れた。
「ちょっ、ティール!? なにしてんの?」
「後で話すさ。悪いが、俺は体力があまりない」
「だったら抱えなくてもいいのに……!」
ニーシュブルを小脇に抱え、ティールは脇目も振らずある方向へ向かう。そしてその部屋を見つけると迷いなく飛び込んだ。




