人攫いの街
「うぅん……」
小さく呻いてニーシュブルは目を覚ます。起き上がろうと手をつくと、硬い砂利が肌に擦れる。
「……ここ……どこ……?」
その景色は薄暗く、埃っぽい空気に思わず咳込む。辺りを見回すものの、あるのは薄汚れた布の塊だけ。嫌な予感がして振り向くと、そこにあったのは鉄格子だ。
「……っ!」
近づいてくる足音にニーシュブルは反射的に布の中に潜り込んだ。程なくして男の声がぎい、と鉄格子の戸を開ける。
「おい、あの癖毛のガキはどこにやった?」
「癖毛の? それならホーガがさっき連れてったんじゃないか? 西に仕入れに行ってたやつが手ぶらで帰ってきたからな、売りつけるつもりなんだろ」
「またかよ! クソッ、売上げ寄越さなかったら殺してやる!」
「あ、その扉開けといてくれよ。次の子供が検分されてるから、空いてるなら終わり次第放り込む」
鉄格子を蹴る音がして、やがて男はどちらもいなくなったのか辺りは静かになる。ニーシュブルは恐る恐る顔を出すと、鉄格子の戸は開いていた。
(……逃げなきゃ)
ニーシュブルはこの状況に覚えがあった。人攫いというものは、どの国でも大して変わらないらしい。
(たしか……この街について、宿屋に入った所までは覚えてるけど……)
牢屋から顔を出し、周囲を警戒しながら素早く物陰に移動する。次の、と先程の男が話していたから時間はあまり無い。人が来るまでにニーシュブルはここを離れなければならない。
(あの時、すごく眠くなって……あまり覚えてないや)
どのように攫われたのかは明らかにした方がいい事ではあるが、今はそれよりも安全を確保するのが先だ。ニーシュブルは路地に顔を出し、誰もいないことを確認して滑り込む。
(今は人がほとんどいないのかな。夜になったら集まってくるだろうし、それまでにティールを見つけないと……)
ニーシュブルは近くにあったボロ布を広げる。叩くと砂利が落ちるが、濡れたり湿気てはおらず、不衛生な感じはしない。ボロ布はあちこちに雑然と積まれており、すっぽりと被ってしまえば誰もニーシュブルがそこにいるとは思わないだろう。
(……よし!)
ニーシュブルは気合いを入れた。アフラとアルカイオスは必ず脱出してフランメントに来ると信じて、無事にティールと共に二人を迎えなければと意気込む。
そのためには情報を集めなければならない。ニーシュブルは慎重に路地を進むと、人の気配がする。
「おい、なんで今日こんなに人がいねえんだ」
「お前聞いてねえのか? 大物がかかったんだよ! あの男は間違いなく伯爵様行きだ!」
男の声は高揚し弾んでいるが、この「大物」は決して良い意味ではないだろう。声も内容も耳に入れるだけで嫌になるが、ニーシュブルはじっと息を潜めて聞き続ける。だが、続いた内容にニーシュブルは頭が真っ白になった。
「本当かよ! 伯爵様が欲しがってたのって王都の闘技場に出せるような戦士だろ? そんなやつを捕まえられるなんて、一体どうやったんだ?」
「門番の連中が言うには『道士様』の魔道具が仕事をしたらしいぜ。大層な偉丈夫だったが一瞬でコロッといったそうだ! もう一人白い頭のやつがいたが、あれはマハ国の貴族だろうし後回しだな」
王都の闘技場に出せる程の偉丈夫と、一緒に捕らえられた白い髪の貴族と思しき人物。
(アルカイオスさまと、アフラさまだ……!)
ニーシュブルは咄嗟に口を押さえる。人攫いの話を聞き漏らさないよう、必死に耳を傍立てた。
「貴族で思い出した。昨日来た水色の髪の男はどうするって?」
「あー、持ってる本とか巻物は例の道士様が欲しがったらしいが、本人はどうするのかね。まあ、適当な所に売るんじゃないか? 身綺麗な優男だったら娼館だろ」
「それもそうか」
話し声が遠のいていくのを確かめて、ニーシュブルは考えを整理する。
まず、全員がフランメントに辿り着いたのはほぼ間違いない。アフラとアルカイオスが到着と同時に捕まったことから、わざわざ別の街に運んできた、という線は時間を鑑みても薄いだろう。
次に、誰がどこにいるか。この人攫いの縄張りがフランメントのどこなのかはニーシュブルには分からないが、人攫いが人間をどう分けるのかをニーシュブルは知っている。ニーシュブルもかつて人攫いに攫われ、娼館の使用人としてメサで売られたのだ。
(マシなところだったけど、思い出したくないな……)
ニーシュブルがいた牢屋は、労働力としての子供をまとめて放り込んでおくための場所だろう。子供は攫いやすく、牢屋に押し込んでも大人より数が入る。たまにそこから連れ出される子供もいるが、それは客の「要望」に当てはまるか、見逃されていた容貌が目に留まり「お得意様」へ売るために移されるかだ。
ティールは人攫いの話から察するに、今はニーシュブルのいた牢屋と同じような仮置きの牢にいるだろう。だがそのうち、身なりや肉付きを良くするために手入れの行き届く部屋に移されるはずだ。男女関わらず、貴族や富裕層、娼館に売られる人間は丁寧に整えられる。
アルカイオスは辺境伯が取引を済ませれば王都に連れて行かれる。今は四人の中で最も安全な環境にいるが、その先は負ければ死を求められる世界だ。
(アフラさまは……貴族だと思われてたよね。どうなっちゃうんだろう……?)
分かっているのは正体がばれていないことと、後回しにされている事だけ。仮置きの牢屋に入れられているかもしれないが、アフラの身に着けているものは簡素ではあるものの分かる人間が見ればその身分の高さを窺い知ることだろう。適当な場所で放置されているとは考えにくい。
「……っ」
心細さに涙が滲む。だが、三人は囚われてしまっているのだ。ニーシュブルがやるしかない。
(がんばるんだ。ティールなら……こういう時、どうするだろ……?)
少し考えて、ゆっくりと立ち上がる。ニーシュブルは眦を強めて煉瓦の壁を見上げた。




