かつて、かの光があり
霊樹の村、アルブ。
「長、遠見が戻って──っと、悪い。お客人がいたのか」
翼人の長であるマナフが住むその洞をダイシャクが覗き込む。が、そこに見慣れぬ後ろ姿を捉え姿勢を低くした。
「ほう、ほう。済まぬな、ダイシャク。後で聞こう」
「ああ、後でまた来るさ」
力強い羽ばたきが洞から飛び出す。その音が遠ざかると、マナフは細めた目をゆるりと開いた。
「して……何用ですかな、イザナ殿。天嶺の貴子、その長兄ともあろうお方が、このような来訪をされるとは思いませなんだ」
「おや。私のことはアフラから聞いていたようだな、マナフ殿」
「恍けるのはよしなされ。聴いていたのは貴方でしょう」
ぴしゃりと返されてもイザナは変わらず柔和な微笑みを浮かべている。
「死なずとなってしまったあの子が心配でね。貴方もそうだろう?」
「……死なず」
「おや。だが、貴方なら分かるだろう」
「はて。質問に答えていただけますかな」
しん、と霊樹の枝葉を震わせる風が止む。
「誤解を招いたのなら詫びよう。私はアフラを殺そうなどと思っていない。私は、貴方に頼みがあって来たんだ」
「頼み、とな?」
「率直に言うと、私についてほしいんだ」
ざわり、と枝が揺れる。マナフは訝しげに、探るようにイザナを見る。
「仰る意味が分かりませぬな。我ら翼人族が仕えるのは祖たる白竜のみでありますし、人間の宗教は人間の為のものでしょう」
「ハサン教に入れということではない。『私』に、と言ったんだ」
イザナは円座の裾を整える。マナフはその所作を注視すると、やがて口を開いた。
「私は既にお仕えしている方がおります。貴方には仕えませぬ」
「だが、あれはお前が知っているお前の主ではない。そうだろう? お前は声しか知らないのだ」
「……確かに以前の私は盲ておりました。貴方も知るように」
そうだな、とイザナは頷く。だがマナフの目は冷ややかなものだ。
「その傲慢さは弟君とよく似ておりますな」
「…………」
それまで穏やかだったイザナの表情が、明確に険しくなった。
「慢侮はお止めなされ、イザナ殿。主に仕えた我々が主を間違うことなどありませぬ。幾星霜を経るとも変わらざるものであります」
「私はお前の真名を知っている。それでもか?」
「軽々にそう仰るのもまた然りですな。貴方は未だ、それを分かっていない。天の頂に居た頃から、何も」
どこからか、嘴をカチカチと鳴らす音が聞こえてくる。マナフは確りとその目を開き、イザナから視線を逸らさない。
「私の真名を呼ぶ気であれば、喉が灼ける覚悟をなされよ」
「──」
「『去ね』」
洞から来客の気配が消えたような気がして、ダイシャクは中を覗き込む。
「長? お客人は帰ったのか?」
「おお、ダイシャク。すまんが、箒と塵取を取ってくれるか」
「あ? ……うわっ、なんだこりゃ!」
ダイシャクがマナフの住処に入ると、そこには粉々に砕けた結晶と、それと似た質感の砂が床に散らばっていた。
「ダイシャク、それと岩塩を一つ持ってきてくれるか。ついでに砕いてくれると助かるのだが……」
「いいけどよ、なんだよこれ? 砂か?」
「うむ、魔力の通った砂であろうな。これは岩塩で燃やさねばならん」
「何かに使えないのか? 売ったらいい儲けになりそうだぜ」
「ならん。売った相手がどう使うか分からぬだろう」
「それもそうだな」
箒と塵取を受け取り、マナフはダイシャクが洞から出ると悩ましげにため息をつく。
かつて世界を照らした光はマナフの目蓋に焼き付いたまま。姿こそ知らないが、その存在を彼は今でも憶えている。
今の彼は、ただその主が、心のゆくままに進むことを願っていた。




