その頃のワルフラーン ①(後編)
名前を呼ばれた旅人は憤然とした面持ちで外套の巾を取った。白い外套に高く結った黒髪、確かにそれは間違いない。だが、彼女はアフラではなかった。
「なっ……アフラじゃないのか!?」
「無礼者! その御名を軽々と呼ぶな!」
「タカ殿、もしやこの方は……」
「アフラ殿下の近衛だ。影武者も兼ねていた。セラーシュ、お前はアフラ殿下の処遇に異を唱えて蟄居を命じられただろう。何故王都を出ている?」
セラーシュは三人をきつく睨みつける。間近で見れば違うと気付くが、セラーシュをアフラでないと気付くのは相当に難しいだろう。目尻が少し垂れた、涼やかな色の瞳だけが少ない手がかりの一つだった。
「陛下の御心が私にはどうしても理解できないからだ。何より、私はアフラ様の近衛騎士だ!」
「この事が知られたならガルガン殿もただでは済まないぞ。分かってやってるのか」
「ああ、兄にも、母にも言って出てきた。皆、私はそうするべきだと分かっている」
二人の目線がかち合い火花が散る。だがそこに、間の抜けたような声が割り込んだ。
「なあなあ。ならお前、アフラがどこに行ったか知ってるんだよな?」
「……。キリクの公子という身分に感謝するといい」
ノルツがワルフラーンを守るように前に出るが、セラーシュは空の両手を広げて見せた。
「先に私の問いに答えろ。キリク公子ワルフラーン、何故お前はアフラ様を探している?」
「セリオンに頼まれたんだよ。アフラの剣を届けろって」
「剣……?」
「見たいよな? 見せてやるよ!」
頼まれてもいないのにワルフラーンは荷を解く。セラーシュは眉を顰めたが、緩んだ布の隙間から溢れた輝きに思わず口元を押さえた。
「その光……! そんな、まさか! 『クワルナフ』か!?」
「知ってるのか?」
「幼い頃に一度見たきりだが、その輝きを忘れる筈などない! 何故お前がこれを陛下から預かった!?」
「さあ。けど無事にこれを届けたら、僕がキリクの王になるのを手伝うって約束だからな」
セラーシュは空いた口が塞がらなかった。信じられないものを見る目でタカを見るが、タカはそれに静かに瞑目するだけだ。
「陛下は何故、この剣をこの……このような者に……!」
「ふーん。よっぽど大事な剣なんだな」
セラーシュはがっくりと項垂れる。だが、次に顔を上げたセラーシュの目は妙に据わっていた。
「……決めた。お前達と一緒に行こう」
「なんと」
「なんだなんだ! お前、よく知らないけどアフラを追っかけてるんじゃないのか?」
「確かに一刻も早くアフラ様の下に駆けつけたい。が、貴様のような阿呆にその剣を長く持たせたくもない!」
「アホだって!?」
「…………」
タカは眉間を押さえる。が、正直なところかなり安堵していた。これで自分一人でワルフラーンの面倒を見なくて済む、と。
「おいタカ! どうすんだよ!」
「俺に聞くな。お前が決めろ」
「うっ……。……こいつ、アホって言ったし……」
「ですがワルフラーン様、彼女の身のこなしは相当なものです。私が保証しましょう」
「うーん……。まあ、ノルツがそう言うなら」
一時だけ悩みはしたものの、結局は浅はかな楽観性のワルフラーンにタカとセラーシュは同じ表情になる。タカはワルフラーンがクワルナフを荷物に戻すのを眺めていると、セラーシュが声を潜めて話しかけてきた。
「お前、陛下の従者だろう」
「驚いた。近衛騎士の目に留まっていたとは」
当然、タカに驚いた様子はない。
「陛下は何をお考えになっていると思う?」
「あの方は無意味な事をなさらない。全てに意味があるのだろう。……公子の馬鹿さ加減は予想外だったようだが」
乾いた笑いを漏らすタカを、セラーシュは心底同情するような表情で見つめた。気を張るのが馬鹿らしくなったのか、ふうと息をつく。
「まあ、今日の火の番は私がしよう」
「殊勝なことだな」
「心配しなくてもキリク公子の寝首を掻くような真似はしない。私はマハ国の騎士だ」
その皮肉をセラーシュの瞳が射抜く。
「だからお前は眠るといい。その隈、化粧で上描きしているだけだろう」
「──よーし! 行くぞー!」
「……」
タカは下瞼を縁取る赤色を指でなぞる。厚く塗ったそれは汗で滲み、指の腹に太い線を引いた。




