その頃のワルフラーン ①(前編)
「あいつらがいるっていうから来たのに! もう出て行ったとかなんだよ!」
「まあ、まあ。こういうこともございましょう、ワルフラーン様」
街道沿いの街、メサ。政務官長の館からワルフラーンは憤慨しながら出てきた。
ワルフラーン一行は王都から放り出された後、アフラ達の足跡を追ってようやくメサに辿り着いた。ワルフラーンは精霊の力を借り、アフラがメサを通ったこと、またメサに悪政が布かれたことを知るまでには至った。
そこでワルフラーンは、ここで自分がその悪代官を成敗すれば、アフラの手がかりだけでなく民衆の支持も得られる、と目論んだ。しかしそのシラはとうに罷免され、新たな政務官長が任に就いていたのである。
「おいタカ! お前どこ行ってたんだよ!」
「……」
館の門に背を預けていたワルフラーンの同行者であるタカは大きく溜息をついた。タカはワルフラーンの監視をセリオンに命じられたため同行しているが、ワルフラーンに仕えているわけではない。タカのその態度にワルフラーンはわなわなと肩を震わせた。
「ば……バカにしやがって……!」
「公子ならそれらしく感情を制御したらどうだ。それより、必要なものは揃えたぞ」
タカが横目でワルフラーンを見やる。そのワルフラーンは知らせを聞くと、ぱっと顔を輝かせた
「本当か!」
「……お前のその性格は羨ましくなるな」
「それがワルフラーン様の長所にございますからな」
「ノルツ、お前も聞いたな! すぐに行こう!」
ワルフラーンの従者、ノルツは目尻の皺を深めて笑った。この老人は己の主を甘やかしている、とタカは内心溜息をつく。それでキリクがどうなろうとタカが知ったことでは無いが、単純に共に旅をする身として苦労をするのが目に見えているのだ。
「おい、そこのお前!」
「え、ええと……何でしょう」
タカとノルツが街を出る準備をしていると、ワルフラーンは通りがかった少年に声をかける。すわ面倒事か、と眉を顰めたタカの肩をノルツが軽く叩いた。
「お前、白い外套に黒髪を高く結んでる旅人を見かけただろう!」
「えっ……あ、は、はい。どうして……?」
「僕は“精霊使い”だからな! それくらい見れば分かる! 分かったら、そいつがどこに行ったのか教えろ!」
得意げに胸を張るワルフラーンを怪訝そうに見上げながらも、少年は旅人の行き先を素直に教えた。曰く、西の関所であるザグロスを越え、グラシャに向かうという。
「ふんふん、ありがとな! とっておけ!」
「あっ、いえ、こんな……」
「それは好きにしていいぞ! 普通に使ってもいいけど、僕はそれを取っておく方を勧めるけどな!」
「ええと……?」
「何せ僕は、キリク──」
「おい、行くぞ」
「ぐえっ!」
べらべらと話し始めようとしたワルフラーンの襟首を掴み、タカは強引に少年から離れた。ぽかんと口を開けた少年の手に握らされたのはキリクの金貨だ。
「先に街の外に行っていろ」
「ええ」
「なんだよー!」
タカはワルフラーンをノルツに突き返すと、また一つ大きな溜息をついて少年のもとに踵を返した。
「悪いな、少年。その金貨はここじゃ使えない。国の金貨と交換してくれるか」
「うええっ!? そっ、そんなものとは! 恐れ多いです……!」
「それはキリクの金だ。下手に見つかればあらぬ疑いがかけられる」
「お、お返しします! 気持ちだけで……!」
「それも駄目だ。気の毒だがな……」
少年は目線を右に左にさ迷わせると、もごもごと口を開いた。
「で、では……大銀貨十枚に、替えていただけませんか……?」
「ああ、分かった」
どこかの屋敷の使用人に小金貨は大きすぎるのは確かだ、とタカは大銀貨を出す。だが少年はそれを三枚だけ受け取った。
「おい」
「あの、ほんとうに、お気持ちだけいただきます。“精霊使い”さまに会ったのなんて、はじめてなんです。きっと同じくらい、いいことがありますから」
「…………」
タカは更に深い溜息をついた。気を遣われているのも、“精霊使い”に話しかけられたのを幸運と捉えているのも、どちらも少年の本心だろうと分かるからだ。
「少年、名前は」
「ルムといいます」
「ルム、君の幸運を祈ろう」
そうして街の外に出ると、やや元気を無くしたワルフラーンと変わらず柔和な笑みを浮かべるノルツがタカを待っていた。
「……?」
「キリクの金貨をお渡しになられたことと、貴方様の行動についてお話ししたのですよ」
「それでこうも気勢を無くしたのか?」
「タカ」
ワルフラーンは先程のルムのように視線をあちこちに逸らしたが、やがて小さく「ごめん」と口にした。
「僕が……良いと思ってしたことで、あのような子供でも疑われてしまう可能性があったんだな」
「そうだ。銀貨ならともかく、金貨は大商人や国家のやり取りくらいでしか使われない。キリクでどれだけの価値があるかは知らないが、この規模の街で敵国の金貨一枚を持っているのが露見すれば間者を疑われるだろうな。考えて話せ」
タカは金貨をワルフラーンに投げ返し馬に跨った。そこまで言われると思っていなかったのか、ワルフラーンは目尻を赤くしたものの言い返しはせずタカについて馬を走らせる。
「白い外套に黒髪を高く結った旅人……アフラ殿下はこの先に向かったんだな」
「ああ! 精霊が指さしてるし、あの子供も言ってたから間違いないぞ!」
ものの数分でいつもの調子に戻ったワルフラーンは揚々とタカの先を行く。するとその通り、芦毛に跨った白い外套の旅人が一行の前方を進んでいた。
「おーい! そこのお前!」
ワルフラーンの呼びかけにその人物はぴたりと馬を止める。
「お前、アフラだろ! マハ国王子の!」
「ワルフラーン様、流石にその呼び掛けはいかがなものかと……」
「遠いんだから仕方ないだろ! 僕はワルフラーン! キリク国の公子で、王姉デュナシャンドラとシャフリーズ三世の息子だ!」
キンキンと響く声に、旅人は背中の弓をとる。その途端、目にも止まらぬ速さでその白指から矢が放たれた。
「ふっ!」
「ッ!?」
ワルフラーンが反応するよりも早く、ノルツがその前に躍り出て矢を払い落とす。
「マハ国第三王子、アフラ殿とお見受けするが、これはいかなる了見か!」
「そこな無礼者に対する礼などありはしない。殿下に害を及ぼすものはここで討つまで!」
「……?」
旅人の顔は外套の巾を被っているためよく見えない。だが、それで何かに気付いたタカは負けじと声を張った。
「お前、セラーシュだな。ガルガン殿の妹、セラーシュ!」




