奪われなかったもの
二人が飛び込んだのは倉庫だった。窓は無く、壁には燃え残った松明の跡がある。
「ニーシュブル、棒を探してくれ」
「うん! っと……これは? 板!」
「いいさ。ありがとう」
ニーシュブルはすぐに相応しいものを見つけ出した。ティールはその長い板を支え棒にして扉を閉め、そこで力尽きて床にへたり込んだ。
「疲れた……」
「ねえ、色々ききたいんだけど」
「ああ……今分かることなら」
(ティールに分からないことってあるの?)
ついそう聞きたくなるが、あまりにも疲れ果てている様子にとりあえずその言葉は飲み込む。
「色々ありすぎるけど……どうしてアフラさま、アルカイオスさまも捕まっちゃうってわかったの?」
「恐らくだが、この街の門に何か細工がされていた。魔道具の類いだろう。お前は覚えてないかもしれないが、街に入った時から相当な眠気に襲われていたはずだ」
「そうだっけ……宿屋に着いたのは覚えて……あ」
そこでニーシュブルは、宿屋に着いた時、自分の足では歩けていなかったことを思い出した。記憶の中の景色はゆらゆらと揺れているが、それはティールが抱きかかえていたからだろう。
「あの時は俺もすぐに気付かなかった。今思えば、あんな時間にすんなりと宿がとれたことを疑うべきだったな」
「ティールでも気づかないこととかあるの?」
「あるさ。俺は脳味噌が優れている自覚はあるが、完璧じゃない」
あっけらかんとティールはそう言った。これまで全てを見通すような智慧ぶりを見ていただけに、ニーシュブルはにわかには信じ難い衝撃を受ける。
「現にお前のように、分かっていても牢を実際に脱することは出来なかった訳だしな」
「そう……なのかなぁ……。あ、ちなみに、自分で脱出しなきゃいけなかったらどうしてたの?」
「そうだな。人攫いか警備に適当な事を吹き込んで味方につけて、鍵を持ってこさせるか持ち出しているやつを殺させただろうな」
「……こわ」
「なんで離れていくんだ」
事も無げに恐ろしい考えを話すティールに、ニーシュブルはしっかり引いた。やっぱりティールのことはよく分からないや、と心の中にこれも留めておく。
「それでニーシュブル、俺の推測に心当たりがあるのだろう?」
「あ、うん。魔道具っていうの、合ってるよ。なんか、道士、っていう人が使ったみたい。変な名前の人だよね」
「……それは役職だな。だが、道士、か」
ティールは考え込みそうになったがやめた。息が落ち着いたことで思考の癖に流されそうになったが、倉庫に逃げ込んだ理由を思い出したのである。
「ニーシュブル、松明か蝋燭を探してくれるか。壁の近くにあるはずだ」
「壁? んー……あ、机みたいなのがあるよ。あそこにあるかな」
「火は俺がつけるから、持ってきてくれ。足元気をつけろよ」
「分かってるよー」
ニーシュブルが手にして戻ってきたのは簡素な蝋燭だった。火を点けて壁に沿うように部屋を探ると、ティールは目当てのものを見つけ出す。
「ニーシュブル、あったぞ。お前の靴だ」
「えっ!」
「ここは剥ぎ取った物を置いておく場所だ。俺の荷物も……ああ、あったあった。なんだ、全部抜かれたかと思ったが、あいつらは学が無いらしい」
二人の持ち物一式がそこに積まれ、ニーシュブルの持っていた香辛料とティールの巻物が数本無くなっていた以外は揃っていた。ニーシュブルは慌てて鞄を探すと、メサで買った小さい姿絵を見つけてほっと大きく息をつく。セリオンの姿絵はニーシュブルにとって元気のもとであることは変わらなかったが、ニーシュブルの表情に影を作った。
「それも置き去りか。連中の見る目の無さは相当だな」
「……これ、置いてった方がいいのかな……」
「ああ、陛下と殿下のことか。別にいいんじゃないか」
「ちょっと!?」
ティールは興味がまるで無いような返事をする。ニーシュブルは思わず立ち上がったが、続けたティールの声に姿絵をきゅうと握りしめた。
「殿下と陛下の確執はお二人だけのものだ。それに、殿下も陛下も互いを憎んでいないし、陛下が──」
「……え、ちょっ、ど、今なんて?」
「確執はお二人だけのものだ、と」
「ちがうよ! え、嫌いあってるとかじゃないの……!?」
泣きそうなニーシュブルの声にティールは物を漁る手を止める。
「俺も完全に分かっている訳じゃないが、どうも相当に複雑らしい。だが殿下は、陛下の姿絵がお前を勇気づけてくれるのなら、お前が殿下の為にそれを置いていくことを悲しむと思うぞ」
「……うん……」
ティールは倉庫漁りを再開する。が、それから間もなくしてその手がぴたりと止まった。
「ティール?」
「蝋燭を持ってくれるか」
身支度を整えたニーシュブルは言われた通り蝋燭を受け取りそっと視線の先に寄せる。ティールの声は固く、緊張感を孕んでいる。
「っ! これ、アフラさまの外套じゃ……!」
ティールが広げたそれは、縁に金の刺繍が施された白い外套だった。装飾こそ最低限だがその質は確かで埃だらけの部屋でも輝いてすら見える。
しかしティールはおもむろに外套の内側をひっくり返すと、取り憑かれたかのように何かを探し始めた。鬼気迫るその様に口を挟めず見守るニーシュブルだが、いつになく切迫したその表情に良くないことが起きたのを察する。
「あ、アフラさまは……」
「生きている。だが、ニーシュブル。もし誰に、何を見つけたか聞かれても、『何も知らない』と言うんだ」




