暗夜の舞闘
「アフラ様の御令兄、セリオン陛下でいらっしゃいますな」
「あぁ、そうだ。あのクソ坊主に飼われてるのかと思ったが、違うみてぇだな」
「はい。私はアフラ様にお仕えしております」
挑発的な科白だがアルカイオスは眉一つ動かさない。はん、とセリオンは薄く笑った。
「名乗れ。お前、どこから来た」
「アルカイオスと申します。それ以外を申し上げるつもりはありません」
「……そうか」
セリオンは双曲刀を抜いた。その柄を強く握り込むと、何かが焦げる匂いが僅かに漂う。
(今のは何だ……?)
「なら、仕方ねえ。殺す前に、お前の技に教えて貰うか」
「ッ!」
アルカイオスは越影号を走らせた。兜の毛房を何かが掠め、切り落とされたのを感じながらセリオンに直進する。
「はっ!」
「おおっ!」
鉄の塊がぶつかり合ったような重い音が響いた。セリオンはアルカイオスの槍を曲刀を交差させて受け止め、勢いをつけて弾く。
「はっ、馬鹿力がよ! お前、敵に折られるよりてめえで槍を折った数の方が多いんじゃねえのか!」
「よくお分かりで。アフラ様の仰る通り、ただ好戦的なだけでは無いようだ」
「あいつも口だけは一丁前だな。俺が本気でやったことなんざ無えってのによ」
アルカイオスの眦がきつくなる。それを意に介することも無く、セリオンは曲刀を下手でアルカイオスに向けた。
「認めてやる。よくあれを避けたな」
星の光を受け、刃が光る。その刃は爛々と常ならざる輝きを見せていた。
「……大陸最大の国ともなれば、そのような業物を持っていても不思議ではないか」
「どうだか。こいつを手に入れるのには随分苦労したぜ。何せ、こいつは限られた国しか持ってないんだからな」
「──ふっ!」
アルカイオスが越影号を駆る。セリオンは槍の長さをものともせず、巧みに防ぎ斬り返す。ならば、とアルカイオスは越影号の腹を強く蹴り、越影号はマルトの後ろをとった。
「っと!」
「──ッ、ぐ!」
セリオンは伸びた槍を屈んで避けるとその柄を斬り落とす。そして瞬時にマルトの背に手を着き、アルカイオスの胴を強かに蹴った。
「かはっ……」
「馬術でマハの民に敵うかよ。──ッ!!」
「ブルルッ!!」
追撃しようとしたセリオンとマルトに越影号が突進した。横腹に強烈な一撃を喰らいマルトが倒れ、セリオンの左肩に土が付く。
「ちっ! ……ん」
遠くから蹄の音が近付いてくる。ザグロスの兵士がやっと追いついて来たのだ。
「陛下!!」
「……来たか」
「遅参をお詫びいたします。アフラ殿下は……っ、お前……」
兵を率いて来たのはザグロスの門番長であるサルドだった。アルカイオスの姿を認めると息を呑むが、槍を持つ手に力を込める。
明らかな多勢に無勢。しかしアルカイオスは、冷静に剣を抜いた。
「どこからでも来るといい」
「──かかれ!!」
セリオンがサルドを一瞥し、サルドはそれに頷き号令をかけた。騎兵が一直線にアルカイオスに突撃する。
「おおっ!」
だが、それは呆気なく瓦解した。アルカイオスは切られて柄だけになった槍を軍馬の首に容赦なく突き刺すと、体勢を崩した兵士を引きずり下ろしそのまま他の騎兵に向かって投げた。鎧を着込んだ兵士は鉄の塊とほぼ同義であり、投げつけられた騎兵は周囲を巻き込んで倒れた。
「ぎゃっ!」
「うわああっ!!」
「くっ……お前達は下がれ! このサルドがお前の相手だ!」
馬上の有利が意味を成さない相手だと認め、サルドは馬から降りる。だが下馬したその時、サルドの眼前に黒い影が迫った。
「な──!?」
サルドの胸から血が噴き出す。アルカイオスは鈍く倒れるサルドを片手で押し退けると、セリオンを視界に据えて剣の血を払った。
「……礼節ってものがねえのか、お前の国には」
「敵の前で悠々と馬上の有利を捨てるような相手など、俺の国では斬られて死ぬだけだ。このように」
セリオンは忌々しげに眉間を深くした。異郷の者にマハ国の士道が通じないのはままあることだが、アルカイオスは完全に「あちら」の価値観で戦っている。勝つことが至上命題であり、勝ち方に優劣が無いのだ。
「そら!」
「ふっ!」
セリオンが双曲刀を振るとアルカイオスは剣を構え、不可視の斬撃を受け止めた。軽やかに振るわれる曲刀とは裏腹に、その斬撃は重い。
初手でセリオンが放ち、アルカイオスの兜の毛房を斬ったのはこれである。斬撃を織り交ぜた剣戟は苛烈を極め、凡そ人間同士の戦いとは思えない程の音が延々と響く。
「な……何が起こってるんだ……?」
「陛下は何と戦っておられるのだ……」
「加勢しなければ。王に任せ切りにするわけにはいかない」
「馬鹿言うな! こんな音のする戦いに首を突っ込んだらあっという間に死ぬに決まってるだろ!」
「だが、我々はどうすれば……」
難を逃れた兵士達は、暗闇の中に辛うじて翻る赤い外套や剣戟の火花を捉えるだけで精一杯だった。だがその時、一際大きく金属が弾ける音がする。
「ッ……!」
「……ふー……」
曲刀が宙を舞い、兵士達の間をすり抜けて岩に突き刺さった。セリオンは右手に留まる衝撃に笑むと、左手の曲刀をアルカイオスに向ける。一方アルカイオスは固い表情のまま、冷静に剣を構え直した。
その時だった。
「──何者だ!!」
大きく何かが羽ばたく音がした。セリオンの声が闇に突き抜けると、その背後に影がかかる。
「っ! お前は……」
聞こえてきたのは、ほう、ほう、という梟の鳴き声だった。
「マハ国の王、セリオン様ですな」
「ああ。翼人族が何の用だ」
鮮やかな青い翼が浮かび上がる。マナフはセリオンの殺気をものともせず、穏やかに言葉を続けた。
「儂はアルブの翼人の長、マナフと申します。此度、新たに即位された王がおられると聞き、ご挨拶に参りました」
「そうかよ。殊勝な心がけだが、梟の翼人は随分と夜目が利かねえらしい」
「ほう、ほう。そう思われるのも無理はありませんな。ですが──」
薄く開かれたマナフの瞳がセリオンをじい、と見下ろす。それは正しく猛禽のそれだ。
「そのお方は我ら翼人族にとって恩人でしてな。水を汚していた原因を全て斬り伏せた勇士の話は聞き及んでおりましょう。我ら翼人族、受けたものはどれひとつとして忘れませぬ。恩であれ、恨みであれ」
セリオンの顬がひくついた。マハ国の王として、翼人族の長の言を一蹴することはできない、というのが一つ。そして二つに、セリオンは──アルカイオスもこの時に──気付いたからだ。二人、そして遠巻きに様子を窺っている兵士全員を、弓に矢をつがえた翼人族が囲んでいることに。
「…………」
「お気付きになられましたかな」
「……好きにしろ」
「!」
セリオンは曲刀を収め、アルカイオスに背を向けた。驚きの表情を見せたアルカイオスにマナフは微笑む。
「さ、アルカイオス殿。お行きくだされ」
「マナフ殿……感謝申し上げます」
「ほう、ほう。礼には及びませぬ。旅の無事を祈っております」
アルカイオスは短く一礼し、越影号に跨ると夜闇に駆ける。マナフはそれを見送ると、山の向こうへ遠く視線を向けた。まるで、何かを感じ取ったかのように。




