陽光の微笑み
「怪我人は霊樹の麓へ! 薬も集めろ!」
「肉はあっちに持っていくぞ!」
アルブの村はかつてのように活気を取り戻そうとしていた。怪我人はいるが、死者はおらず、何よりこれまでの分を取り戻すような数の蛇を獲ることができたからだ。
「右眼をに死睨を受けて、それを抉り出したのか……!? ……指は治せるが、眼は戻らないぞ」
「……お前、アフラか。……まあ、だろうな」
「先に眼窩からだ。そのまま寝ていてくれ」
「どうするんだ?」
「悪いものが入らないようにする。気持ち悪いだろうけれど、耐えてくれ」
「うっ……」
アフラが真っ先に向かったのはシギの所だった。霊樹の麓に集められた負傷者の一番端に横たわるシギを見て、アフラは何が起こったのかを正確に把握する。死睨の残滓を捉えればそれは一目瞭然だった。
「まだ吐くなよ。……よし、終わりだ」
「……ぅ、はぁッ……」
「落ち着いたら、次は指を治すよ」
「……」
「大丈夫。気持ち悪くなるのは眼窩だったからだ」
嫌そうに眉を顰めるシギを宥め、癒しの火を黒ずんだ指先にあてる。指は中指が僅かに壊死していたものの、他は奇跡的に無事だった。
「シギ、ニーシュブルは?」
「あー……お前達が邪眼の蛇を倒して喜んでいたが、その後は……」
「──アフラさまッ!」
声のした方向を振り向くと、腕いっぱいに布を抱えたニーシュブルがいた。ニーシュブルは慌てて走り出すが、勢い余ってつんのめる。
「わ、わっ」
「落ち着け。アフラ様はどこにも行かない」
「はいっ……」
転びそうになったのを宛もなく立っていたアルカイオスが受け止める。ついでに布を代わりに持つと、ニーシュブルはそこではたと立ち止まった。
「あっ……えっと……」
「ニーシュブル」
おいで、とアフラは手を広げた。わたわたとニーシュブルは往生すると、走り寄ってその手をぎゅっと握る。
「おかえりなさいませ、アフラさま!」
「ありがとう。ただいま、ニーシュブル」
「っ、その、髪は……」
ああ、とアフラは目を伏せる。
「完全なものではなかったが、死の邪眼を受けてしまって。……奇異なものであると、自分でも思うよ」
まじないに使う鏡は全て、役目を全うして潰えた。何よりアフラはこの戦いに臨むと決めてから、以前のようには「何かが」戻れないだろう、と諦念が滲んでいた。
父が死に、兄に斬られ、それが本当に真実への旅路となるかも不鮮明なまま西へ向かう。
(褒めそやされた射干玉の髪は、ほとんど唯一の繋がりだったのかな……)
「……きれい……」
「ん?」
アフラを見上げる目がまだ高い陽を受けて眩しそうに細められる。
「木漏れ日の光が、きらきらってアフラさまの髪に跳ねて……とっても、とってもきれいです。見たことないくらい……ふしぎで、きれい」
陽の光と、それを柔らかく滲ませる霊樹の葉。天から降り注ぐそれらの光がアフラの白い絹糸のような髪に煌めいているのを、ニーシュブルの瞳は彩やかに捉えていた。
「……気味が悪い、とは思わないの?」
「ぅええぇっ!? な、なんでですか!?」
素っ頓狂な声に周囲が一瞬静まり返る。気まずそうにニーシュブルの頬が紅潮したが、幸い周りはすぐに自分の作業に戻っていった。
「ご、ごめんなさい。でも……不気味なんて思わないです!」
「……そうなの?」
「はい! でも、アフラさまがお嫌でしたらやめますし、染められるか調べてみますけど……」
「ううん。ありがとう、ニーシュブル。凄く嬉しいよ」
「あ……」
その時、遠くからアフラを呼ぶ声がした。振り向けばスウィが転がるように着地して駆けてくる。
「アフラさん! じーちゃんが来て欲しいって」
「分かった。ああ、そうだ。ティールは何処にいるか知っているか?」
「ティールさんもじーちゃんの所にいるよ。こっち!」
スウィに手を引かれてアフラは小走りに離れていく。その後ろ姿を見送ると、ニーシュブルとアルカイオスは顔を見合わせた。
「……アルカイオスさま、見ました?」
「……何をだ」
「アフラさま……あんな風に、すっごく柔らかく笑うんですね……」
ほう、とニーシュブルは感嘆の息をつく。アルカイオスはニーシュブルのように表情に出ることは無かったものの、目の端が僅かに熱を持ったことは自覚していた。




