死を斃す者
「っ……!!」
それは一瞬だった。魔力を持つ翼人族ですら気付けないほどの、ほんの少しの魔力が死の邪眼に集まる。
(しまった──!!)
その一瞬で確かに死睨が「誰か」を睨んだのと同時に、一際鋭い矢が反対側の邪眼の蛇の頭を掠める。
「シギ!!」
ダイシャクがその名を叫ぶ。その矢を放ったのが、そして死睨の標的になった者が明らかになってしまった。
「動じるな!! 今は眼前の敵に集中しろ!!」
アルカイオスが声を張り上げ蛇を斬る。しかし、目の前の敵が手の届かない仲間を屠ったと動揺が広がってしまえば立て直すのは難しい。
「っ、まずい──」
その声に双頭の片方が反応した。
「アフラ様!!」
死の双眸がアフラを捉えた。心臓が裏返り、筋繊維が千切れ、体の内側全てに「死」が伸びる。
「は──」
白が広がり、死がアフラの体をすり抜ける。
「ッ……ぐ、ぅ、……ぃッ……!」
手綱から手が離れ、アフラの身は緩慢に大地に転がり落ちる。肺が潰れ、吸った息が入らない。
邪眼の蛇がその体を反転しようとした。
『──シャアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』
咆哮じみた絶叫が響いた。歯を食いしばりながらアフラが邪眼の蛇を見上げれば、崩壊の邪眼、眼と眼を繋ぐように矢が双頭の片割れを貫通していた。
「シギ……か……!?」
アフラは起き上がろうとするが力が戻らない。邪眼の蛇は身悶え、崩睨の頭は痙攣するとやがて動かなくなった。力を無くした頭は垂れ下がり、それが地面を摺る音がアフラに近付いてくる。
何とか手を着いて上体を持ち上げたアフラの視界で、白銀の尾がさらりと揺れた。
「スエン……!?」
蹄が地を掻き常よりも甲高い鳴き声が聞こえる。その耳は伏せ、邪眼の蛇を凝視していた。アフラを守るように間に立ち、敵意を顕にしている。
「駄目だ……スエン……! 私は……死なない、から……!」
死睨を受けたが最後、スエンは死んでしまう。その恐怖は己を蝕む死よりもアフラを絶望で満たした。
「っ……スエン……! お願い、だから……!!」
アフラの視界が滲む。邪眼の蛇が嘲笑うように叫ぶ。
しかしその時、黒い影がアフラとスエンの上空を舞った。
『シャアアア!!!!』
垂れ下がった崩睨がアルカイオスによって斬り落とされる。先に地に降り立った越影号が周囲の毒蛇を蹴散らすのと同時にスエンがアフラの外套を銜えて放り投げ、器用にその背に乗せた。
「越影号、二人を安全な所に!」
「ブルッ」
鱗に覆われた尾が地面を薙ぐ。アルカイオスはそれを避けると迷わずその懐に潜り込んだ。
「俺達が怯んでどうする!! アルカイオスに続け!!」
勇猛さに触発され、ダイシャク達も奮い立つ。それを背に受けながらアルカイオスは大地を揺るがすような叩き付けを避け、死睨の眼前に姿を晒す。
「あの御方に死を与えたこと、死んでも悔やめ」
アルカイオスの剣が鈍く光る。振り抜いた軌跡をなぞり、死睨の首から血が噴き出した。
「あ……あいつが……!」
「まさか……まさか……!」
「──〰︎︎〰︎︎〰︎︎!!!!」
ダイシャクの発した声は、翼人族の言葉が分からないアルカイオスにもその意味が分かった。山から翼を持つ者達が飛来する。その目は恐ろしい程に輝いていた。捕食者の目だ。
「アフラ様!」
毒蛇に群がる翼人達から距離を置き、アルカイオスはアフラと愛馬達の元へ向かう。しかしその途中で頭から血を被ったことを思い出し、外套の内側で乱雑に手と顔を拭った。
「アフラ様……」
「ああ……アルカイオス、ありがとう。よく、邪眼の蛇を討ってくれた」
アルカイオスを労うアフラだが、その顔は輪をかけて白かった。まだアフラの息は浅く、スエンが心配そうに鼻面を擦り寄せる。
「私には……その御言葉をいただく資格がありません」
「そのような事は無い。貴方がいなければ、あの蛇を討つことは出来なかった。貴方は紛れもない勇者だ」
「それは……。っ、と」
跪いたアルカイオスの横腹を越影号が頭突く。物言いたげな越影号にアフラは弱々しくもくすくすと笑った。
「……それより、言い訳を一緒に考えてくれないか?」
「言い訳……ですか」
「ニーシュブルには、見えてしまっただろうから」
白い睫毛が伏せられる。アフラが何かを決定的に諦めたことに、アルカイオスは気付きながらも言葉を掛けられなかった。




