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死なずの国  作者: 群星
第二章
37/38

死と崩壊

 もうもうと白煙が立つ中に火矢が帯状に放たれた。煙に(やじり)が突き刺さる直前、アフラ達から見て左側の火矢が消滅する。


「……おうよ! 見えたな、左だ!」

「ああ。行こう、スエン!」

「頼むぞ、越影号!」

「「ブルルッ!」」


 黒白の駿馬は息を合わせて駆け出した。勢いのまま斜面を駆け下り、大回りして山肌が真正面に見える位置につく。


「──さあ、視ろ」


 アフラは手のひらに魔力を凝縮すると、間髪入れずに宙へと投げた。


「──ッ!!」


 死睨(しげい)、とアフラがその邪視を名付けたものが耳元を掠める。左耳の鏡が歪み、生きていたもののように地面に落ちた。


(よし……。崩睨(ほうげい)と同じなら、次の死睨まで猶予がある)


 その時、風が強く吹いた。それは外側の煙をさらい、奥にいる巨大な影を映す。


「──下だ!!」


 アフラの声と同時に越影号が駆けた。大木のような太さの尾が白煙を薙ぎ払い、アルカイオスはその中に突っ切ると剣を振るう。


『シャアアアッ!!』

「──気をつけろ! 煙が晴れる!」


 ダイシャクの声が響いた。風が吹き、煙を流す。


「っ……」


 耳が痛くなる程の静寂の中に、血が滴る音が聞こえた。


『シュルルルル…………』


 下腹を斬られてもなおその大蛇は直立していた。歪に裂けた双頭が揺れる。


「スエン!」


 頭が片方、アフラに向いた。すかさずスエンがアルカイオスと逆方向に駆け出すのと同時に矢の雨が降る。


『シャアア!!』

「ちっ! 蛇でありながら、統制をとるか……!」


 大量の蛇が邪眼の蛇を中心に放射状に押し寄せる。その数はダイシャク達だけで処理しきれるものではなく、越影号の蹄が蛇を粉砕しても振り切れない。

 しかし、悠長にしている時間は無かった。邪眼の蛇の頭部に魔力が集まるのを、アフラは感じ取った。


「そうだ──私を、視ろ!」


 馬上からアフラが弓を引くのと同時に右耳の鏡が歪む。放った矢は尾に叩き落とされたが死睨はアフラだけを捉えた。


(だが……もう防ぐ手立てが無い。次も死睨を私に向けるかも定かではない。どうする……!?)


 スエンを駆り、蛇を散らすが邪眼の蛇は大量の毒蛇で守られている。

 その様子は、山の中腹にいるティールにも見えていた。


(……殿下が調べて下さった通り、邪眼の発動には時間がかかる。初手の火矢と、その後の殿下の誘導でその周期はずれた、が)


 邪眼の蛇が毒蛇の群れを指揮しているのは明らかだった。アフラがいなければ邪眼の蛇は毒蛇に守られ、その邪視で確実にダイシャク達の命を奪っているだろう。


「……シギ殿!」

「何だ!」

「命を懸ける覚悟はお有りですな」

「ティール……?」

「……ニーシュブル、お前はあちらの矢を見てこい」


 シギはニーシュブルをこの場から離す。その隙に、ティールはシギに耳打ちした。


「崩壊の邪眼に矢を撃ち込んでいただきたい」

「ダイシャク達では無理だというのか」

「毒蛇によって邪眼の蛇は守られています。形勢を変えなければこちらが押し切られてしまう」

「……承知した。お前達、そのまま援護を続けろ! ニーシュブル!」

「っ、はい!」

「俺の後ろにつけ! 集中して邪眼を狙う!」


 その言葉を聞くとニーシュブルはすぐさまある矢筒を抱えて走り寄った。

 直接邪眼を狙わなければならなくなった場合に備え、作っていたのがこの魔力を持つ矢だ。貫通力を高める特殊な鏃と、風を最大限利用するための魔法がかけられた矢羽根が特徴の矢である。

 シギは弓を持ち替えて矢筒を捨てた。極限まで集中力を練るためである。空を飛ぶ翼人族にとって、翼の可動域に触れる矢筒は煩わしいものであった。


「……スー……」


 ゆっくりとシギが弓に矢をつがえ、構える。

 狙うのは崩壊の邪眼。頭が真横を向く、その時を待つ。


(──今!!)


 指から矢が離れたその瞬間。ぷちん、と何かが弾けた。


「──が、ァ、あッ!!」

「シギさん!!」


 心臓が引き絞られる感覚が右眼を灼く。「それ」が脳に死の根を伸ばす刹那に神経が悲鳴を上げる。

 シギは本能的に悟った。そうか、男達は皆、()()()()()()()()()


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!!」


 シギは躊躇せず眼窩に指を突っ込むと右眼を抉り出した。眼球だったものは黒ずみ萎縮し、ぷち、と惨めに弾ける。


「シギさん! シギさん!」

「かッ……は……。……ニーシュブル! 矢は!? 当たったか!?」

「っ……! ──だめ! まだあの蛇、元気だよ!」


 恐れを踏み越えニーシュブルの目が捉えたのは、未だ平然と首をもたげる邪眼の蛇の姿だった。シギは無言でニーシュブルに掌を向ける。その指先も邪視に毒され黒ずんでいた。


「矢を寄越せ……」

「……う、ん!」


 予想外の攻撃にティールの額にも汗が滲む。シギを襲った邪眼は「死」の方だった。先の、アフラが魔力で引き付けてからあまりに短い時間で死睨は放たれた。アフラが囮であることを気付かれたのは間違い無い。


(ここまで知能がある個体が、何故今まで見過ごされていた? 何故結界を破ろうとしなかった?)


 ティールはまさか、と一つの予想に辿り着いた。それはあまりにも荒唐無稽で、飛躍するにも程があるものだ。


(……そうだとしたら、殿下が危ない)


 だがそこで、ティールの思考は途切れた。


「アフラさまーーッ!!」


 ニーシュブルが悲痛な声を上げる。それと同時に絶叫が響いた。

 

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