アーテシュ・ネイゼ
翼人族の翼には魔力が濃く宿る、というのがマハ国の伝承にある。どれ程の栄華を極め、国土を広げようと人間は空を飛ぶことはできないでいる。その羨望が空を自在に飛ぶ翼人族を神聖視させたのだろう、翼人族の羽で作られる品は魔道具から羽根筆に至るまで高い人気がある。
「この羽の色は……」
「ほう、ほう。儂の内羽です。耳飾りをお貸し願えますかな」
鮮やかな青色の羽で作られた耳にかける形状の耳飾りに、マナフは鏡の耳飾りを器用に細工し繋げる。マハ国の王都ニルヴァーナでも絶対に出回らないであろう価値の耳飾りが目の前で完成した。
「翼人族の羽に魔力が宿るという噂は本当だったのですね……!」
「ほう、ほう。そのような噂は聞いてはおりましたが、そのような大仰なものではありませんよ」
「人間は魔法を使える者はおろか、魔力を持つ者もひと握りなのです。そんな種族から見れば、貴方がたは量の多寡こそあれど魔力を備えているのですから、そのような噂も立つものですよ」
ティールは訳知り顔でそう言うが、そのティールも魔力を持つひと握りのうちの一人だ。本当に魔力を持たない者がここにいたならば顰蹙を買っていただろう。
「アフラさま、どうか、ご無事で帰ってきてくださいね……!」
「ああ、ニーシュブルも気を付けて。いざとなったら信号弾を打ち上げるのはお主なのだから。ティール、頼んだぞ」
「御意に」
ティールとニーシュブルは弓箭隊と共に行動し、状況に応じて必要となったら信号弾を打ち上げる。これは翼人族とザグロスの兵士それぞれへの伝達用で、最悪の場合関所を放棄する必要がある為だ。
「では。行こうか、アルカイオス」
「はっ」
門から出た所にはダイシャクが二人を待っていた。他の翼人族は既に突入地点で待機しているという。
「そう言えば、以前お主が言っていた「タイル・ムハージル」とは何のことだ?」
「ああ、俺達の言葉で渡り鳥のことだよ。翼人族にも生まれた土地から離れない奴と、旅をする奴がいる。俺は昔、傭兵をやってたんだ」
「成程。だからマナフ殿はお主を隊長にしたのだな」
「勘弁して欲しいぜまったく。そりゃあ経験はあるけど……なあ? あんた達ほどじゃないが、荷が重いぜ」
取り留めのない話をしながら指定された受け渡し場所に向かう。するとそこには、二頭の馬を連れた兵士と、顔を真っ赤に染めぜいぜいと荒い息を吐く二人の兵士が、合わせて三人いた。
「名代殿、アルカイオス殿。お二人の馬を連れて来ております」
「ああ、ありがとう……。その、そこの二人は、大丈夫か?」
「大丈夫なわけ……ありませんよ!」
「アルカイオス殿、本当にこれを投げるというのですか……!?」
座り込んだ二人の前には麻布に包まれた長物がある。アルカイオスは無言でそれを持つと、布を取り払った。
「ああ、できる。心配には及ばない」
アルカイオスが軽々と扱うそれは、異様な鉄の槍だった。刃の部分以外は木製である筈の槍を、木の部分を全て鉄に置き換えた総鉄の槍である。しかし、この槍が異様なのはそれではない。鍔の部分に、ぐるりと大粒の数珠のようなものが幾重にも巻かれていた。
「擲弾槍、とティールは名付けておりました。この火薬と蛇共が垂れ流す毒が反応すると、大量の煙を伴う爆発が起こるはずです」
「ああ……。三人とも、ここまでありがとう。休んでも咎は無い。戻ったら、フーシャン殿に報告してくれ。太陽が登りきった頃に始めると」
「は。ご武運をお祈り申し上げます」
受け渡しを遠巻きに眺めていたダイシャクと合流し、地上戦部隊が待つ場所に向かう。慣らしも兼ねて二人は騎乗したが、スエンも越影号も山道に難渋することは無かった。
「よーし。それじゃあ、最後の確認をするか」
「ああ」
「思えば、こうして隊を組むのも久々だな」
「これが最期になるかもしれんな」
「馬鹿なこと言うな。一番デカい蛇を持ち帰るのは俺達だぜ」
地上で戦う翼人は、そのほとんどがダイシャクと同じように傭兵として戦ったり蛇相手の討伐戦を行ったことのある者達だ。最も大柄なのはダイシャクだが、翼人にしては筋肉質な肉体の者が多い。獲物も槍や剣が多く、準備も手慣れているのが見て分かる。
「確認といっても、やる事は単純だ。アルカイオスがその擲弾槍を邪眼の蛇に向かって投げる。煙幕が出ている間に弓箭隊が矢を射掛けて、『崩壊の邪眼』──つまり左右どっちの頭がどこにあるかを割り出す。それが分かり次第、アフラが魔法で『死の邪眼』を引き付ける。後は、二つの邪眼を掻い潜りつつ邪眼の蛇と毒蛇共を倒す」
命を懸ける戦いの前だというのに、かける言葉は余りにも少なかった。だが、これで良かった。翼人族にとって、共に戦うに値する仲間に言葉を尽くす必要は無いのである。彼らはそういう生命であるからだ。
太陽が昇る。木陰の隙間から光がじりじりと地表を照らす。
「──時間だ」
アルカイオスが槍を持って開けた場所に出る。そこからは関所を越えた先が一望でき、禍々しく上体を上げる邪眼の蛇の姿をアルカイオスの双眸は捉えた。
今、邪眼の蛇の双頭がアルカイオスを見れば、アルカイオスは間違い無く即死するだろう。だが、アルカイオスの背に恐れは一切無かった。
擲弾槍を持ち、足を肩幅に開き左手を邪眼の蛇の方向に構える。槍を持つ手に力を込め、重心を落とす。
その重さ、約十瓩以上。人間が振るう大きさではなく、ましてや投げるものですらない。しかし、アルカイオスの上腕は隆起し、尋常ならざる膂力が蓄積していく。
「おおおおおッッッ!!!!!!」
咆哮と共に擲弾槍が投げられた。一直線に双頭に向かって飛んでいき、そして──
『────!!!!』
蛇が屯する毒と血と汚物の沼に擲弾槍が触れた瞬間、地上を覆い尽くすような大爆発が巻き起こった。




