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死なずの国  作者: 群星
第二章
35/38

各人の至情

 それからの五日間は、ひたすら準備に追われる日々だった。翼人族が戦いに加わってくれるとはいえ、人間の実働部隊はアフラ達の四人しかいなかったので、四人はそれぞれがやるべき事が山積みになっていた。

 アフラとティールは、邪眼から辛くも逃げ延びた翼人数名とマナフと共に邪眼の蛇の解析と対抗策を練っていた。アフラは加えて隔日でザグロスに戻り、フーシャンと作戦を詰める必要があったので対抗策のほとんどはティールが考えることとなった。

 ニーシュブルはその手先の器用さを買われ、翼人達が使う矢を作るのに駆り出されていた。ニーシュブルの五感や肌感覚は翼人並に鋭いらしく、翼人族特有の矢の作り方をすぐに覚えたのだ。シギに作り方を習いせっせと矢を作っていたら、いつの間にか同じ所で矢を作っていた翼人族の女性と仲良くなっていたという。最初はシギが面倒を見ていたが、気が付いたらその役目は女性達に奪われていた。

 アルカイオスは、毎日アルブの村とザグロスを往復していた。朝に村を出て、半刻(一時間)足らずでザグロスに着くと街の復興を手伝い、アフラが下山している日にはその護衛に付き、夕方には必要な物資を持って村に戻る、という、常人ならば一日でも不可能な日程で動いていた。

 特に変わったのは、周りがアルカイオスを見る目だろう。伝統にそぐわないとはいえ、ティールが提示した策の「初撃」は並外れた剛の者でなければ不可能な大役だった。アルカイオスは上背はあるものの、マハ国の剛兵に見られる丸太のような手足を持つ巨躯ではない。しかし、涼しい顔で山頂と麓を往復し、土砂をまとめた袋を軽々と持ち上げ、果てには大量の(やじり)()(矢の棒の部分)の元材を村まで運ぶ姿を見てアルカイオスの陰口を言う者は居なくなっていた。


「……これ、ぜんぶアルカイオスさまが持ってきてくれたの?」

「流石に全ては運んでないぞ。中腹までは確かに俺が持っていったが、それからは翼人族の者達が手伝ってくれた」

「よく言うぜ。鏃の袋を担いで行ったのはお前さんだろ」


 折り返しの三日目、不足した矢の部品を持ってきたアルカイオスにニーシュブルはぽかんと口を開けていた。アルカイオスは謙遜するが、その肩に褐色の腕が回される。


「翼人族でもお前ほどの男はいないだろうよ。旅鳥(タイル・ムハージル)の俺が言うんだから間違いない!」


 豪快に笑うこの男はダイシャクという。霊樹の洞での会合で、真っ先に声をあげたあの男だ。


「ああ、ダイシャク殿もここにいたのか」

「アフラ様。シギ殿も」

「おいおい、俺は「殿」なんて付けられる柄じゃねえよ! 呼び捨てにしてくれや、アフラさんよ。流石に俺がお前さんを呼び捨てる訳にはいかねえけどな!」

「ダイシャク、長が呼んでいる。元材は俺が運ぶからお前は長の所に行ってこい」

「分かったよ。んじゃシギ、頼むわ」


 ひらりと手を振りダイシャクは霊樹へと飛ぶ。はあ、とシギは呆れたように溜息を吐いた。


「今更だが、あいつの非礼を詫びておく」

「そんな事は無いよ。ダイシャクとシギは親しいのか?」


 盟約が成ってからシギの態度は大分軟化していた。連絡役をスウィとシギの二人体制で行う方針になったこともあり、「歳下に畏まられるのは心地が悪い」とシギは早々にアフラに敬語を使うのを止めるよう頼んだ程には打ち解けたといえる。アルカイオスは難色を示したが、最初を思えばそれを大きく咎める気にはならなかった。


「……ダイシャクは姉の夫だった。義理の兄だ」

「だった……?」

「姉の子が死んでから、姉は首を括ってしまった。……討伐戦でダイシャクがお前達に随伴するのは聞いたか?」

「っ……いや、今初めて聞いたが……」

「あいつのあれは、空元気なんだろうさ。翼人族(ガルダ)は番いを喪うと一気に生きる気を無くす」


 頼みがある、とシギは力無く呟いた。


「叶うなら、ダイシャクを死なせないでやってくれ。姉も子も、望んでいないはずだ……」



──────────



 五日が過ぎ、討伐戦の前日となった。霊樹の(うろ)にはアフラ、アルカイオス、ニーシュブル、ティールの四人とマナフに、地上戦に随伴する翼人族(ガルダ)の代表としてダイシャク、弓箭隊のシギと他二人の翼人族が地図を囲む。


「では、現在の状況を整理しましょう」


 ティールは黒い石と白い石を取り出し並べていく。黒い石は以前よりも僅かに少ないが、ザグロスに白い石は置かれなかった。


「予想が正しければ、共食いが進んでいます。あの一帯にはもはや鼠の一匹も近寄らないでしょう。ですがそれは、強い個体が生き延びているということに他なりません」

「まあ、だろうな。俺を含め、地上戦に出るのは人間から頼まれて蛇退治をした経験のある奴らだ。その辺りは任せてくれていい」

「頼もしい限りだ。宜しく頼む」


 おう、とダイシャクは白い歯を見せて笑う。


「初撃はアルカイオスが行います。大きい煙が立つので、そこで弓箭隊の方々にはまず火矢を放っていただきます」

「了解した」

「この火矢は、邪眼の蛇の頭を見分けるためのものです。物質を崩壊する邪眼が火矢を崩壊させるでしょうから、分かり次第すぐにシギ殿に伝えます」

「ああ。俺が鳴管から音を出したらダイシャクがそれを聞き、地上部隊に伝える」

「それって、本当に聞こえるの? だって、シギさん達は山の中腹よりも上で射つんだよね?」

「ほう、ほう。ニーシュブルや、心配はいらぬよ。儂ら翼人族は、人とは異なる聴覚と声帯をがあるのじゃ。おぬし達に聞こえぬ音も聞き取ることができる」


 そうだな、とシギは喉仏と鎖骨の間を押さえる。


「音は抑えるが……〰︎︎!」


 甲高い、鳥の鳴き声そのものがシギの声帯から発せられる。予想外のそれにニーシュブルはびくんと跳ねた。


「これが『右』だ。『左』は〰︎︎! と鳴く。分かるか?」

「……済まない、私には分からなかった。アルカイオスは?」

「私も分かりません。ティール、お前は」

「全く。ニーシュブル、お前はどうだった?」

「なんか……ちょっと違う、ってことは分かるけど……」

「違うってのが分かるだけで大したもんだぜ、嬢ちゃん」

「……いずれにせよ、アフラとアルカイオスが分からないのならダイシャク、お前が聞き取るしかない。死ぬような真似はするなよ」

「へいへい」


 シギは釘を刺すがダイシャクはあからさまに流した。ティールが中央の一際大きな黒い石のすぐ側に赤い石を置く。他の黒い石を三割は掃いたが、それは減らせるのは三割程度といったところだろう。


「ティール殿、その『初撃』に使うという武器は、いつ彼の手に渡るのでしょう」

「明日の明朝、山の中腹より下の辺りでザグロスの兵士が引渡しに来ます。アルカイオスとアフラ様、それとダイシャク殿ら地上戦部隊はそこから蛇の巣に突入していただく」

「その後は?」

「邪眼の蛇はアフラ様とアルカイオスが討ちます。弓箭隊は絶えず矢を浴びせ、地上戦部隊は他の蛇を倒すことに注力してください。乱戦となるでしょう。煙幕が晴れてもしばらくは邪眼の蛇は、崩壊の邪眼を十全には使えない筈です。しかし死の邪眼は恐らく……最も魔力の強い者を殺すために使うと私は見ています」


 アフラに視線が集まる。アフラはそれを受け、懐から麻袋を取り出した。


「勿論、何もしない訳では無い。邪眼の蛇は「目」を特に強く捉えるのが分かった。急拵えだが、虎目石(タイガーアイ)と魔除の鏡を細工した魔道具を作って貰った」


 袋からは耳飾りと首飾りがしゃらりと音を立てて出てきた。それを見たアルカイオスは目を見開く。


「アフラ様、この鏡は──」

「良いんだ。兄様も許してくださる」


 アルカイオスは首飾りの鏡を見て、この鏡が以前シャルダームでアフラが長兄イザナから貰った縞瑪瑙(オニキス)の鏡だと気付いた。自分だけに聞こえるよう囁いたアフラにアルカイオスは胸が締め付けられる。


「それが必要ならば、出し惜しむなんてしないよ。邪眼を引き付けるのは私しかできないのだから」

「アフラ様……」

「それに、マナフ殿が今魔力を込めて下さっている魔道具もある。マナフ殿、あれは明日の朝に仕上がるのでしたか」

「ほう、ほう。ええ、その通りです。一度は防げるとお約束しましょう」


 アフラは唇を引き結びこくりと頷く。


「それでは、皆々様。明日に備え、今日はこれまでと致しましょう」

「戦いが終わるまで顔を合わせられぬ者もおるゆえ、この言葉は皆に伝えてくれ。翼人(ガルダ)の威信を賭け、我々は人間の朋の力を借りて奮戦する。アルブの守人マナフが翼の加護を与えん。……皆の武運を祈る」


 応、と男達の声が轟いた。

 

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