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死なずの国  作者: 群星
第二章
34/38

ガルダの盟約

 蛇の干物、川魚の塩焼き、鼠の煮付け、仔鹿の丸焼き。

 翼人族(ガルダ)の食事は肉が主食だ。


「さ、どうぞ」

「頂きます」


 食事の作法は翼人族も人間と変わらないらしく、大皿から料理が取り分けられる。アフラ達の皿には翼人族の皿と比較して穀物と野菜が多く盛られるが、珍しいものばかりだ。


「食べられるものだけで結構です。馴染みの無いものも多いでしょう」

「いえ、どれも興味深いものばかりです」


 気遣わしげにマナフは三人を見やる。アフラとティールは普段通りだが、ニーシュブルの顔は僅かに引き攣っている。


「では」


 アフラは蛇の干物をとると、串の両端を持ち内側の肉の部分を齧る。しかし、固くなった肉は歯型しか付かない。

 だがそれで表情が変わるアフラでは無い。他の翼人族がにやにやと笑う中、アフラの犬歯は肉を噛み千切った。


「ふむ。翼人族(ガルダ)の方々の顎はとても力強いのですね。淡白な味わいですが美味しいです」

「……」

「ああ、私の事は気になさらず、皆様も食べて下さい」


 呆気にとられた表情の翼人族にアフラは微笑みかける。アフラにとって、試されることは嫌がらせですら無いのだ。

 最初こそぎこちなかったものの、やがて食卓は賑やかなものに変わっていく。翼人族にとって蛇や魚の骨はなんともないようで、バリバリと固いものを噛み砕く子気味よい音がした。


「マナフ殿、申し訳ないが煮付けは肉を切り開いても良いでしょうか? 流石に鼠の骨は難しそうだ」

「ほう、ほう。構いませんが、骨は極めて軟らかくなっております。できそうならばそのままどうぞ」

「ああ、成程。では」


 美味しい、と食べるアフラに翼人族も考えを改めたらしい。やがて大皿は綺麗に空になった。


「ふう。中々に独特でしたな」

「アフラさま、本当にぜんぶ食べられたんですね……すごい……」

「数少ない私の特技だよ。これまで出されたものを食べられなかったことは無いんだ……かふっ」

「アフラさま……!?」


 こん、こんとアフラは咳き込む。アフラは布を取り出すと、そこに赤いものが混じった何かを吐き出した。


「……でも、流石に骨は噛み砕けなかったな」

「びっ……くりしたぁ……! おどろかせないでくださいよー!」

(殿下は嫌いなものがない、という噂は本当だったのだな……)

「……茶だ」

「わっ、ありがとうございます。えーと……シギさん、ですっけ?」

「ありがとう、シギ殿」


 差し出した食後の茶をアフラ達が受け取ると、仏頂面のままシギは近くの円座に座った。


「では、皆の者。彼らが麓の人間とは異なる人間であることは、よく分かったであろう」


 気付けば霊樹の(うろ)には男性の翼人族が集い円座に掛け、あるいは壁に背を預けていた。座る場所が無い程とはいえ、ここに集まったのがアルブの村の全ての男性だというのはニーシュブルでも分かった。以前のような敵意が籠った視線は無く、しかし訝しげなものを否めなくはある。


「皆が人間をどう思っているか、それは儂とて痛いほど分かる。しかし、儂はこの方々を信じたいと思うておる。我々が生き残るため──女達のため、子のため、我々は邪眼の蛇を討たねばならぬのだ」

「長……」

「……人間、お前はどういう心算なのだ。見下していないのは分かる。だが、お前は富む者だろう。お前になんの益がある?」

「俺達翼人族には魔法を使う者を尊ぶ風習がある。それが俺達の掟であり、誇りだ。お前がこの山を越えたいなら俺達はお前を助けるが、お前が俺達を助ける必要は無いはずだ。何故俺達と手を組みたいと言うんだ?」


 猜疑と疑念、それが男達の最も懸念するところだった。それ程までにザグロスの人間が翼人族からの信頼を失っているのは明らかだった。

 だがここでアフラが彼らにしてやれる事は一つを除いて、無い。今のアフラは、王弟の名代ということになっているからだ。


「単純なことにございます。確かに、最初は国境を越えるためでした。皆様にお会いするまで魔法を使う者がここまで尊重されることすら知りませんでしたが、仰る通り、通るだけなら助け合う必要は無いのでしょう」


(一つしか出来ることが無いのならば、その一つを成さないなど、私は出来ない)


「弟を守り、頭の爆ぜた兄。卵を宿しながら(やつ)れる母。父を知らず生まれる子。それらは全て、あってはならぬこと。その全ての(わざわい)である邪眼を知りながら知らぬふりをするならば、私は己を赦せる筈もありません」


 アフラの声はよく通る。アフラは自覚していないが、これは匂いと同じく人を惹きつける天与のものだった。静まり返った洞の中、一拍、破ぜるように手を打つ音が響く。


「乗った! 長の言う通り、こいつらは信用に足りる!」


 声をあげたのは大柄な男性だ。彼はドカドカと輪の中央を横切ると、シギの隣りに腰を下ろす。


「む……」

「おいおい、お前にそんな顔される筋合いは無いだろ、シギ。お前もそう思ってるからここに座ってたんじゃないのか」

「……はあ。長の前で勝手に場を乱すなとあれ程……」

「ほう、ほう。構わんよ。さて……他の者はどうじゃ?」


 男達は気まずそうに顔を見合わせ、そして腹を括ったように姿勢を正す。翼人族との盟約が成った瞬間であった。

 

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