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死なずの国  作者: 群星
第二章
33/33

異端の策

「おっはよー!」


 勢いよく窓が開かれる。窓を開いたのはアフラではなく、スウィだ。


「みなさーん! 起きてー! 朝だよ! あさ!」

「お早う、スウィ」

「あれっ、アフラさんは早起きだね! めずらしー!」

「うん。けれど、起きる時間には半刻ほど早いかな」

「そうなの?」


 きょとんとするスウィに合わせて黄色い鶏冠(とさか)のような髪が揺れる。羽毛の寝具が敷き詰められた大部屋にアフラ達は泊まった。雑魚寝だったが、この宿でこの大部屋が最も良い部屋だという理由はすぐに分かった。寝具の質が桁違いなのである。


「……これは驚いた。疲労が消えているどころか、早朝に起こされる不快感も無いとは」

「おはよー!」

「ティール、お早う」

「おはようございます、殿下。しかし殿下もスウィも、随分早起きですね」

「太陽が昇り始めた辺りで自然と目が覚めるんだ。ああ、アルカイオスはもう出発したよ」


 アルカイオスはアフラが起きた頃には身支度を済ませていた。フーシャンに朝一番に会えるよう、余裕を持って二刻前に出ることにしたらしい。アルカイオスの足であれば一刻あれば充分だが、道中不測の事態が起きないとも限らないだろう。早く到着しても、フーシャンは起きている筈だ。


「殿下に見送られるとは、あ奴は果報者ですな」

「アルカイオスも同じ事を言っていたよ」

「……うーん……」

「お早う、ニーシュブル」


 ティールとは対照的に、ニーシュブルは声にならないうめき声を出しながら顔を上げる。いつも寝起きの良い彼女にしては珍しいが、山歩きは流石に疲れたのだろう。


「んんー……まだねてたい……ふかふか……」

「良いよ、まだ早いからね。半刻ほど経ったら起こすよ」

「んー……へへ……」


 アフラが頭を撫でてやるとニーシュブルはまるい頬を緩ませ夢の世界に戻った。その様子を羨ましく思ったのか、スウィがアフラの腕に頭を擦り寄せる。


「うん? ああ、ほら」

「えへへー。アフラさん、あったかくていいにおいがするね」

「……匂い?」


 アフラは目を瞬かせた。そのような事を言われたのは初めてだ。


「香水は今は付けていないが……」

「甘くていいにおいがするよー。おれ、このにおいすきー」

「殿下は人たらしですな。嗅覚を持つ生物は須らく、好ましい匂いに惹かれるものだといいます。天性の資質といえるでしょう」


 率直な物言いはアルカイオスが聞けば不敬だと怒っただろうが、その彼がいるのは山の中腹辺りだ。もぞもぞと収まりの良い場所を探していたスウィだが、唐突に顔を上げる。


「思い出した! じーちゃんからの手紙!」


 はい! と渡された手紙は簡素なものだった。正午にマナフの自宅で昼食をどうか、と。


「じーちゃんが来て置いてったんだ。じーちゃんも早起きなんだよ!」

「みたいだね。返事を書くから、届けてくれるか?」

「うん!」


 招待に感謝します、と書きながら、アフラはアルカイオスが無事に話を付けられるだろうかと少しばかりの不安を抱えていた。これはアルカイオスが異国人だからではなく、ティールの策が、マハ国の典型的な武人であるフーシャン達に受け入れられるかが分からないからであった。



──────────



「ザグロス政務官長フーシャン殿に目通り願いたい。大岩の向こう、邪眼の蛇について進展があった」

「ええと、貴殿は……」

「アルカイオスだ」

「ああ、そうでした。影武者殿の伴をしている方でしたな。こちらへ」


 アルカイオスがじろりと兵士を睨むと兵士はばつが悪そうに目を逸らす。アフラは王弟の名代、ということになっているが、それはすなわち有事の際の身代わりである、という認識を周囲が持つのは決して間違いではない。しかし兵士がどのように捉えていようとアルカイオスが知った事ではなかった。


「フーシャン様、アルカイオス殿が戻られました」

「おお、アルカイオス殿。貴殿だけか」

「はい。アフラ殿は翼人族(ガルダ)の長との話を続けておられるので、一先ず私が参りました。翼人族は、我々が邪眼の蛇を退けることを求めています。ティールが策を練りました。これを」


 巻紙を受け取ったフーシャンだったが、それを見た途端目を見開き静かに息を呑んだ。重石を乗せて開くと、全員の目がそれに注がれ、そしてまた同じように絶句する。


「メルク卿の子息とあろうものが……フーシャン様、これでは見込み違いであったと言う他ありませぬぞ」

「……アルカイオス、仔細を話せ。これは一体、どうやって実行するつもりなのだ」


 ティールの言った通りになった、とアルカイオスは瞑目した。しかしアルカイオスにティールのような頭脳は無い。あるのは、彼からの助言だけだ。


「奴の策は全てが最善のもの。そして、奴の策に不可能なものは一つもありません。()()()のは、俺がやります」

「いいや、不可能だ! 第一このようなもの……叡智の火を授かった我が国の行いではない!」

「ティールはこの策こそ、困難を砕くための叡智と言いました。これ以上の策があるのなら聞きましょう。しかし──火薬は充分にある。そうでしょう、サルド殿」


 その一言にサルドは言葉に窮した。フーシャンの眦が強まるが、己を鎮めるように息を吐く。


「……これならば大多数の蛇を散らすことはできよう。だが、その後はどうするのだ」

「戦うのみです。アフラ殿はその御覚悟で、この策をお認めになられました」


 信じられないといった表情でフーシャンはアルカイオスを見る。アルカイオスはそれに頷き返すと、他の政務官を見渡した。しかし発言する者はおらず、皆フーシャンの言葉を待っていた。


(殿下が……そのような覚悟をお持ちになられるとは……)

「あの、フーシャン様……?」

「ああ。……アルカイオス、物資の援助は行おう。しかし、この討伐戦に兵士を出すことはできん」

「構いません。()()は、どれほどで完成しますか」

「五日貰おう。サルド、早急に鍛冶場に火を入れよ」

「……は」


 首肯したサルドだが、その口端が悔しげに引き絞られたのをアルカイオスは目の端で捉える。それを気取られないよう、すぐに視線を離した。

 

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