史実と乖離していて意味が分からねえよと思ってる読者のための『黒い洪水年表』その2
趣味で書いているので温かい目で見守ってください。
1922年 フランスで大規模なストライキ=ゼネストが起き、回復していた経済が崩壊、国家社会主義革命が起きた。
ドイツは隣国に得体のしれない国家が生まれるのを恐れ、帝国軍を北フランスに進駐、革命の混乱で軍が機能しないフランスは北フランスを失陥した。
そしてドイツは北フランスに「北フランス王国」を建国し、初代国王には『ジャン・ピエール・クレマン・マリー』「ジャン一世」(オルレアン家)(後に国名を『ブルグンド王国』になる)
北フランス王国の宰相にはフィリップ・ペタン元帥が就任した(病気で引退する1950年まで続いた)(28年続いた長期政権)
南フランスには北フランスから追い出されたフランス国家社会主義者によって乗っ取られ、フランス政府はコルシカ島へ亡命、「フランス国家社会主義共和国」が成立した。(フランス国家社会主義共和国の新首都は『モンペリエ』)
フランス国家社会主義共和国臨時総統に革命の指導者「アレクシス・カレル」が就任し、マルセル・デアは臨時副総統に就任、ジャック・ドリオは臨時国防大臣に就任した。
オスマン帝国ではオスマンの青年将校や希望した兵士が日本の大学、陸軍大学校へ留学していった。(陸軍大学校は海軍大学校と合併し、「帝国国防大学」へ変わった)
その間にムスタファ・ケマル・パシャは憲法改正を行い、立憲君主制を加速させ、皇帝を国家元首にして、象徴とした。
1923年 日本が中国に対して海南島の購入を打診、中国は経済が不安定だったために了承した。(この世界の日本は大韓帝国を併合していない。そもそもの話し伊藤博文が暗殺から生きているため、併合の話はなくなり、史実で使われた朝鮮に対するお金は東北に使われている)その後日本が海南島に大規模な軍港を作った。
ロシア帝国で初の総選挙が行われ、議会の過半数を「ロシア国家社会主義党」が取り、政権与党ヘ、そしてヨシフ・スターリンは軍を使い、クーデターを決行、与党以外の政党を解散させ、独裁体制に移行した。だがレフ・トロツキー率いるロシア共産党が革命を宣言、スターリンはペトログラードを追い出された。これによりロシアは内戦に突入した。
1923年に内戦に突入したロシアは3つの勢力があった。
ソビエト・ロシア共和国
国家元首 レフ・トロツキー人民委員長
首都 ペトログラード→(変更)レニングラード
政体 社会主義
ロシア国家社会主義共和国
国家元首 ヨシフ・スターリン総統
首都 モスクワ
政体 国家社会主義
ロシア臨時政府
国家元首 アレクサンドル・ケレンスキー臨時大統領
首都 ヴォルゴグラード
政体 社会民主主義
ロシア領の中央アジアで社会主義国家が成立、「中央アジア社会主義共和国連邦」が建国された。中央アジア社会主義共和国政府はロシア内戦に不介入を宣言した。
コーカサス地方のアルメニア、ジョージア(当時はグルジア)、アゼルバイジャンに「コーカサス連邦共和国」が建国された。コーカサス政府も内戦に不介入を宣言した。
ロシアが吹っ飛び、内戦となったロシアで、ドイツはロシア臨時政府に旧式の武器を売っていった。(これによりロシア内戦は泥沼化)
日本はシベリアに出兵、ウラジオストクを首都する、「シベリア共和国」を建国させたが、ロマノフ皇帝一家がシベリア共和国に亡命したため、日本はシベリア共和国に「ロマノフ王朝を君主とする国家を再建国せよ!」と命令して、シベリア共和国は国名を「ロシア第ニ帝国」へ変更した。(勿論のことこの国は大日本帝国の影響の置かれた国家)
関東大震災が起きたが伊藤博文と原敬のリーダーシップと東条英機の大胆な行動で、史実より死者数は大幅に減った。
オスマンでは外国からの借金を日本が肩代わり、日本は中東で石油資源の独占を勝ち取り、新しい市場開拓で、関東大震災で起きた経済の低迷を吹き飛ばすぐらい利益を勝ち取った。
日本が現地住民に仕事を与えて、利益を配ったことにより(多くは福祉と教育へ使われた)親日が大幅に増え、これが後に同盟締結までに影響して、親日国の中で最もズッ友と呼ばれた。(日本がやる事に説明が無かろうが賛成を貫き通すぐらいオスマン帝国は日本が大好きとなった)
ムスタファ・ケマルも日本が好きになり、日本の首脳と会談したり、天皇陛下に会ったりと、暇があるときは日本に遊びに行く親戚のおじさんと化していた。
日本企業とドイツ企業の進出で北フランス企業の多くが買収、合併されていき、北フランスの80%が海外企業、20%が国営企業と、経済的植民地とかしていた。
アレクシス・カレルが反体制派によって暗殺、これによりマルセル・デアが臨時総統になり、ジャック・ドリオは副総統となった。(反体制派は全員処刑)
その3へ続く……
時間が経つにつれ、ちょっと矛盾点もあって直してたりしてますが、色々と設定と裏設定で凄くカオスになって、一時頭が吹っ飛ぶと思いましたが、取り敢えず落ち着きました。
次回も1924年から続く『史実と乖離していて意味が分からねえよと思ってる読者のための『黒い洪水年表』その3』です。




