お昼寝令嬢、言葉で伝える。
「……そう言えば、貴族名鑑で見たんだがユティア嬢の母方の祖父であるフェルクス・ザクセン殿はフォルティーニ公爵家からの入り婿だったな」
「本当によくご存じで……」
ユティアがそう言えば、彼は苦笑を返してきた。
「君の同学年にフォルティーニ公爵家のご令嬢がいるのを知っているか?」
「ええっと、遠い親戚にはあたりますが、あまりお話したことはありませんね。お名前だけなら知っています……クラシス・フォルティーニ様ですね」
かなり昔になるが、軽く挨拶をしたことがあるだけで、親しく話したことはない。
何故なら、ユティアはお茶会には自ら参加するような性格ではないので、必要最低限しか参加してこなかった。
なので、高位貴族にあたるフォルティーニ公爵家の令嬢と話をすることはほとんどなかった。
ただ、彼女──クラシス・フォルティーニ公爵令嬢のあの赤く美しい髪はとても輝いて見えた。
彷彿とさせるのは、ザクセン領にある小高い丘の木の下で、昼寝をし過ぎて夕方を迎えた時に見た、西に沈む夕日によって空が彩られた色と同じで、彼女を見たときにこの髪の色、凄く好きだなと素直に思ったことだけは覚えている。
「ああ、そうだ。……そして、彼女は第三王子の婚約者だ。俺の弟……アークネストは知っているか?」
何とも言えないような表情でルークヴァルトはそう言った。そこにどのような感情が含まれているのかまでは読み取れない。
「ふむ……。フォルティーニ様と第三王子殿下とは同じ学年ではありますが、顔を合わせることはほとんどありませんね」
「そうか……。それなら、いいんだ」
何故か、ルークヴァルトは安心したように笑った。もしかするとユティアに第三王子とは関わりを持って欲しくはないのかもしれない。
……アークネスト第三王子殿下の噂だけは知っているけれど、直接本人に会ったことはないなぁ。
そもそも、学年は同じでも選択している授業や教室が違えば、用事がない限りわざわざ行き来はしない。
そして、ユティアは教室を行き来する相手もいないので、自分の教室で親友のリーシャと一緒に行動することの方が多かった。
何故なら、リーシャ以外に親しい友人がいないからである。
……確か、第三王子殿下はとても我が儘な性格で自分以外の人間を見下していて、何でも己の思い通りになると思っている人だってリーシャが言っていたなぁ。
情報を得ることは武器を得ることと同じだとリーシャは常々言っており、そのたびに情報に疎いユティアの耳にわざわざ入れてくれる。
ユティアはそれを何となく聞いてはいるが一応、内容も覚えていた。
「……そうだった。大事な話をするのを忘れるところだった」
よほど大事なことだったのか、ルークヴァルトははっとしたような表情で、ユティアに顔を向けてくる。
「数日後の新入生歓迎パーティーについてだが」
「あ、はい」
ルークヴァルトがあまりにも真剣な表情だったので、ユティアは何となく姿勢を正した。
「その……ドレス……の準備などは出来ているか?」
「はい。なんとか」
元々、持っているドレスを少しだけ手直ししたものを着るつもりである。
それに今回のパーティーは貴族の子息令嬢達だけでなく平民の学生も参加するものなので、ドレスはあまり華美にしない方がいいとリーシャが言っていた。
「そ、そうか。……あー……それと、だな……」
「……?」
「エスコートをすると約束していただろう」
「そうですね」
「本当は君の家まで、迎えに行きたいところなのだが、さすがに……その、俺達は婚約者ではないので家まで迎えに行くことは出来ないんだ」
「ええ、知っていますが」
「それで、だな……。……パーティー会場の広間に行く前に、待ち合わせをしたいんだが」
待ち合わせという言葉を口の中で反芻する。
エスコートばかりが頭の中を占めていたが、エスコートの前にルークヴァルトと落ち合わなければならない。
その待ち合わせ場所と時間を決めた方がお互いにとっても良いだろう。
「……待ち合わせは、必要ですね」
ユティアは熟考したような表情で頷き返した。
「時間は入場する二十分前くらいで大丈夫だろうか」
「それで構いません。ですが、馬車を乗り降りする場所が混雑しそうなので、もう少し早めの時間に学園には着いておきたいと思います」
「ああ、分かった。俺も少し早めに行くよ。それと待ち合わせ場所だが……。出来るだけ、広間から離れた場所の方が良いんだが、それでも構わないか?」
「ええ。……では、教職員棟の近くにある彫刻の前はいかがでしょうか。あの場所ならば、学生の行き来は少ないですが教職員の方が出入りするので比較的安全かと」
「……それは鴉と猫が小魚を巡って喧嘩している、躍動感がある彫刻のことか?」
「そうです。ちなみに彫刻の題名は『夕食をかけた頂上決戦』。──サフランス家の親類が数十年前に、この学園の学生だった頃に創ったものだそうですよ」
「って、君の知り合いが創ったのか!」
「今も貴族の仕事を片手間にしながら、毎日楽しく彫刻で作品を創っているそうです」
「貴族の仕事の方が片手間なのか」
ルークヴァルトは低い声で苦笑する。
「……あ、話が逸れてしまいましたね。……ええっと、では入場開始時刻の二十分前に教職員棟の彫刻の前で待つ、ということで宜しいでしょうか」
「こちらこそ、気を遣ってもらってすまないな……」
「いえ、ルーク様は第二王子殿下ですからね。学生達の目がある場所だと、すぐに囲まれて大変そうですし」
ユティアがそう答えれば、ルークヴァルトは困ったような表情で苦笑した。
「君も俺と一緒にいれば、目立つことになるがそれはいいのか?」
「こちらの都合でエスコートして頂くので、ルーク様に向けられる視線を半分、請け負いましょう」
ユティアが冗談のようにそう言えば、彼は少しだけ嬉しそうに笑った。
「そうか、半分か」
「ええ、半分です」
「……君は以前、エスコートの話をした時には、面倒な相手に絡まれた際には逃れるために、他者からの認識を逸らすための魔法を使うと言っていたのにな」
「そういえば、そんな話もしていましたね。……でも、せっかくエスコートして頂くのに、向けられる視線をルーク様だけに押し付けるのは、いかがなものかと思いまして」
ユティアが至極真面目に答えれば、彼は何故か表情を和らげ、微笑を浮かべていた。
どうして、そんなに嬉しそうに笑うのだろう。
どうして、こちらを見る瞳に優しさが宿っているのだろう。
それを全て理解するには、ユティアには難しく感じられた。
だって、自分は相手の感情を読み取ることが苦手だから。
けれど、嫌ではない。
ルークヴァルトに見つめられ、優しい声をかけられるのは、嫌ではないとそれだけははっきりと分かった。
「……ルーク様」
ユティアはスカートに付いた葉っぱを手で軽く叩くように落としながら、芝生の上から立ち上がる。
そして、太陽を背にしつつ、ルークヴァルトへと振り返った。
「私、誰かと待ち合わせをするの、初めてです」
だから、とユティアは言葉を続ける。
「楽しみです」
自分は感情を出すことは得意ではないし、出来るだけ制限しながら生きている。
それでも、言葉にならば感情を乗せても大丈夫なはずだ。
ゆえに、感情ではなく言葉で伝えるのだ。
自分が、ルークヴァルトと一緒に当日を迎えることを楽しみにしていると。
ルークヴァルトは、ユティアの精一杯の言葉を受け取ってくれるだろうか。
すると、ユティアの視線に合わせるようにルークヴァルトは立ち上がり、眩しいものを見ているようにゆっくりと目を細めた。
「ああ、俺も楽しみにしているよ」
特に飾ることのない、真っ直ぐな言葉。
それだけで、十分だと思えるほどに返ってきた言葉が嬉しかった。




