お昼寝令嬢、待ち合わせをする。
新入生歓迎パーティー当日。
ルークヴァルトと待ち合わせしているユティアは、教職員棟の近くに建っている「夕食をかけた頂上決戦」という題名の彫刻の前に立っていた。
パーティー会場の広間から少し離れている場所だが、参加予定の学生達のはしゃぐ声が風に乗って、ここまで届いていた。
……前までなら、パーティーに参加するのはとても億劫だったけれど、今日はちょっとだけ楽しみ……。
だから、だろうか。
待ち合わせ時間よりも数十分早く、来てしまった。
何故、躍るような心地になってしまうのか──その理由はきっと、「ルークヴァルト」にあるのだと、自分は思っている。
ただ、楽しみなのだ。
ルークヴァルトとパーティーに行くのが。
彼と一緒にダンスをするのが。
……これが、待ち遠しいという気持ちなのかもしれない。
うーん、と唸るように納得しつつ、ユティアは夕焼けから夜へと染まりかけている空を見上げた。
今回のパーティーは成人前の学生が参加するものなので、夜が更ける前にはお開きになるだろう。
そんなことを考えている時だった。
「──ユティア嬢」
名前を呼ばれたユティアは声がした方へと振り返る。そこに立っていたのは、美しい銀髪と宝石のような青色の瞳によく似合う深い夜の色の上着を着ているルークヴァルトだった。
今日は柔らかそうな銀色の前髪を右側だけかき上げ、後ろに流すように梳いているようだ。
「すまない、待たせてしまった、か──」
そこで、ルークヴァルトの言葉が途切れた。彼の深く青い瞳に真っ直ぐ映っているのはユティアだ。
「こんばんは、ルーク様。……いかがなさいましたか?」
固まったまま動かないルークヴァルトを不思議に思ったユティアは首を小さく傾げつつ訊ねた。
「い、いや、不躾に見つめてしまって、すまない。……先日のワンピース姿もとても可憐で似合っていたが、ドレス姿の君は春の妖精のように儚く、美しいと思ってな」
ルークヴァルトは右手で口元を覆いつつ、ユティアのドレス姿を褒めてくれた。
彼の頬がほんの少し、色付いているように見えたのは気のせいだろうか。
「まぁ……ありがとうございます。そのようにお褒め頂き、嬉しく思います。……ルーク様も、夜を司る神狼のように凛々しい装いで、とても素敵です」
今日のユティアは淡い水色のドレスを纏い、髪色に似合う髪飾りでハーフアップにまとめている。
いつもは嫌がる化粧も、薄っすらと施して貰っていた。
たとえお世辞だとしても、ルークヴァルトに褒められると嬉しいものだ。頑張って、苦手なコルセットを締めた甲斐がある。
「たまにはドレスもいいかもしれませんね。……侍女達が頑張ってくれたおかげなのですが、少しは令嬢らしく見えたようで良かったです」
出来る限りコルセットはしたくない、化粧は興味ない、宝石類などの飾りは重いから身に付けたくはない──というのが普段のユティアだ。
お付きの侍女達はユティアを着飾りたいと常々言っており、今日がパーティーと知ってからの気合の入れ様を見て、少々気が遠くなりそうになったほどだ。
けれど、それでも──。
……社交辞令かもしれないけれど、ルーク様に褒めて貰えただけで、頑張って良かったと思えるから、不思議……。
むず痒い心地がほんの少し、身体を巡っていったのは何故だろう。
「まぁ、いつものユティア嬢を知っていると普段との差異に驚くかもしれないが、それでもユティア嬢であることに変わりはないからな。俺はどちらのユティア嬢も好ましく思っているよ」
「好ましい……?」
ユティアがぽつりと言葉を返せば、ルークヴァルトは途端に慌て始める。
「い、いやっ、別に変な意味ではないからな? 学生服も、ドレス姿もどちらも似合っているという意味であって……」
弁明するような口調が何だか微笑ましく思えて、ユティアは少し目を細めた。
ルークヴァルトは小さく咳払いをしてから、自身を落ち着かせ、こちらへと視線を向けてくる。
「……それでは会場へと向かおうか」
「そうですね。そろそろ人の出入りも落ち着いてきていると思いますし」
ルークヴァルトはまるで物語の王子様のように、エスコートのために手を差し出してくる。
……そういえば、王子様だった。ルーク様は全く偉ぶらないし、私もあまり意識していなかったから、たまに忘れそうになるけれど……。
ユティアは自分へと向けられた手の上に、そっと己の手を添えた。
手袋をしているので、直接ルークヴァルトに触れているわけではない。それなのに、手袋越しに感じる小さな熱は自分が持っているものよりも少しだけ高い気がした。
さすがにパーティー会場となる広間に近付けば、参加する学生達の声が多く聞こえるようになった。
教職員棟から歩いてきたユティア達はそれほど人とすれ違わずに済んだが、これが目立つ場所から二人で歩いてきたならば、色んな意味が含められた視線を向けられていただろう。
今回のパーティーはあくまでも学生が主体となるもので、確かにデビュタントの練習ともなるパーティーだが、入場の仕方は割と自由になっているらしい。
もちろん、婚約者がいる者や貴族の者はエスコートによる入場が推奨されているが、このパーティーに限り、家格順による入場は決まっていない。
デビュタントならば、家格の低い順から高い順による入場だろう。
だが、貴族の令息令嬢だけでなく平民の学生も参加していることから、自由な入場となっていた。
「……そういえば、ルーク様は去年、どなたをエスコートなさったのですか? 確か、婚約者はいないと仰っていましたよね」
ふと、何となく思ったことを訊ねてみれば、ルークヴァルトはどこか気まずそうな表情を浮かべていた。
「……実は、去年は誰もエスコートしていないんだ」
「え、そうなのですか」
「ああ。……たくさんの令嬢達から自分をエスコートして欲しいと追いかけ回されてしまってな。今年はさすがに控えていたようだが、去年は本当……大変だった……」
「わぁ……」
何となく、彼が令嬢達に追われる姿が脳裏に浮かび、大変そうだなと言わんばかりの瞳でルークヴァルトへと視線を向けた。
「だから、俺は誰もエスコートしないまま、友人と一緒に入場時間ぎりぎりに会場へ入ったんだ」
「なるほど」
「それでも、今度は自分とダンスを踊って欲しいと申し込んでくる令嬢達に囲まれてしまってな……」
「積極的な方々ですね」
ダンスの申し込みは基本、男性からだ。格式高いパーティーなどで、女性から男性へとダンスを申し込むことはあり得ないと言われている程だ。
しかし、新入生歓迎パーティーはあくまでも学生同士の親睦を深めるためのもの。
多少ならば、大胆な行動をしても若気の至りとして目を瞑ってもらえるのだろう。
広間へ近付くたびに学生達がパーティー会場を出入りする楽しげな声が聞こえてくる。
あとは、中庭に面しているこの廊下を渡り、角を曲がればパーティー会場となる広間だ。
だが、前方に視線を向けると、廊下の柱の傍で顔を俯かせているドレス姿の令嬢が立っていた。
パーティー会場の方に身体を向けているその令嬢は、ユティア達には気付いていないようだ。
しかし、ユティアはその令嬢の横顔を見て、彼女が誰なのか気付いた。
真紅のドレスを纏い、夕日を彷彿とさせる美しい赤髪──。
気が強そうな顔立ちをしているのに、それでも彼女の瞳の奥には小さな迷いのようなものが浮かんでいる。
そこに立っていたのは公爵家の一人娘であり、この国の第三王子の婚約者、クラシス・フォルティーニ公爵令嬢だった。
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