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【本編】お疲れ様、いただきます【完結】  作者: 山西音桜
second season
73/74

Side:A 「奇跡、と呼んでもいいのかもな」

「アーサー君ってさ、みっちゃんとヤリたいとかないの?」

「ヤリたい?」


 早朝6時を過ぎた頃、大河から「飲みに来ないか」と連絡が入り、店に行けば大河と慎也と何故かジャンがいた。

 ジャンとも連絡先を交換している大河のコミュニケーション能力の高さに驚いた。

 ある程度話していると、俺に大河から質問され、その質問の意味が分からず尋ね返す。

 少し気まずそうに慎也が性行為の事だと教えてくれた。

 そういう事かと、嘆息する。


「特に思わないな」


 キスをして、舌を入れて、首に口づけて、赤くなった彼女の顔を見ればそれで満足だった。

 そういう衝動を昔は持っていたけれど、今となっては特に思わない。

 自分の子供を残したいと思っていない故だろう。

 みな美も特にそういう欲を持っていないようだった。いや、みな美はそもそも欲を表したりはしない。

 

「マジで?」

「彼女はスタイルがいいから、抱き心地は良さそうだけどね」

「ジャン?」


 少し低い声を出せば、ジャンは大して驚いてもいないだろうにおどけた表情を見せる。

 みな美本人は身長が低いことをコンプレックスに思っているが、胸や尻に程よく肉がついていて、とても女性らしい身体をしている。

 抱き心地は確かにいいだろう。それを誰かに抱かせたこともおそらくはない。


「冗談です」

「ダーリン、浮気はダメだよ」

「浮気じゃないさ、僕は振られてるしね」

「「「えっ!?」」」


 その後はジャンが質問責めにあった。何故振られただとか、上手く行っていると思っていただとか。そんなことを話す彼らに、彼女が悪者にならないように言葉を濁して、彼女は自分の夢を追うために自分を振ったのだと笑っていた。

 その瞳の奥の奥に、少しだけ残念そうにしているように見せたのは、珍しいことだ。

 女が逃げようと何をしようと、笑っているだけだった男が。


「というか、シンヤはどうなんだい? 例の彼女はうまく行ってる?」

「それがさぁ」


 そうやって話を逸らした。

 慎也は割と語りたがりだからか、話は二転三転し、終着まで面白おかしく語った。

 以前聞いた話と違う所があるから、おそらく「盛っている」という部分だったのだろう。

 こういう奴がいると酒の肴には丁度いい。話したくない話題を逸らすのにも。


「で? 俺をダシにして逸らしたからにはちゃんと聞かせてくれんだろうな」


 酔ったからと言った大河と別れて、慎也が「飲み足りねえ」と言い始め、個室のある居酒屋へと移動した。

 特に気にしてはいなかったが、慎也は酒を飲んでいい年齢だっただろうか。

 尋ねれば、


「あー? この間とっくに成人したっての」


 少し火照った顔で、吐き捨てられた。

 そういえば大河がいる時も酒を煽っていたか。


「そうだったのか、おめでとう」

「おう、ありがとう。誕生日祝いはいつでも受付してっから」

「ちゃっかりしてるな」


 まぁ、世話になっているし。誕生日を祝うくらいはしてやるか。

 ここの支払いくらいはしてやろう、そんなことを考えつつ、「お通し」と呼ばれる三連皿に盛られた切り干し大根を口に入れる。

 食べられなくはないが、特に美味いとも思えない。


「ダシにしたなんてひどいな」

「ダシにしただろ。話逸らさせやがって」

「満足そうに話してただろ」

「俺は話すのは楽しいケドさ、ダシにされんのは楽しくねーの」

「悪かったよ」

「で、久保田さんに振られたのはマジなの?」

「マジだよ。まぁ振られるような気はしてたし、特に気にもしてないよ」

「俺の前でそれを言うのか、ジャン」


 真意を聞き出そうとする。

 残念そうにしているこいつに少し興味は沸いた。

 そう思わせる彼女はどれだけ魅力があったのだろう、かと。


「そんなに面白い話じゃないさ。そもそもの話、吸血鬼と人間で恋愛がうまくいくわけはないし、うまくいったとしても僕はフランスにいずれ帰るから。遠距離恋愛が出来るタイプじゃないよ。ナナは」

「確かに」

「そうなのか?」


 誠実そうな子だとは思っていたが。

 誠実だからこそ、ジャンとは合わなかったという事だろうか。

 だから、彼女に振られた。


「振られるように動いたな、お前」

「バレましたか」

「は?」


 信じられない物を見るような目で、慎也はジャンを見る。

 それもそうか、理解できない感覚だろう。


「さっきも言ったけどね、上手く言っても僕はフランスに彼女を連れていく気はないんだ。だったら、彼女の恋愛歴に傷をつけない方がいいだろう?」

「だったらあんな、久保田さんに会いに店通ったり、久保田さんのライブ見に行ったりすんじゃねえよ」

「そんなことしてたのかお前」

「してました」


 楽しかったですよ、と付け足すジャンを小突く。

 そんなことでみな美の友人を傷つけるようなことをするんじゃない。


「……彼女のような女性は希少だという事です、師匠」

「分かっている」


 吸血鬼と知っても、受け入れてくれる。

 寿命の差があっても、共に居たいと言ってくれる。

 俺の一生の中で出会ったのは、月並みな言葉ではあるけれど、


「奇跡、と呼んでもいいのかもな」


 人吉みな美の存在が。俺がここに来たことが、みな美があそこで働いてたことが、俺とみな美と出会ったことが。

 すべてが、奇跡の連鎖だった。


「あー、はいはい。カンパーイ」

「かんぱーい」

「何だお前ら」


 喉が渇く。

 安っぽいワインを喉に流し込んでも潤う事はなかった。

 早く帰ってこないだろうか、そんな言葉を零せば、二人はまた「はいはい」と薄く笑った。

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