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【本編】お疲れ様、いただきます【完結】  作者: 山西音桜
second season
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「いただきます」

 眠っている間に、駅についていた。

 思えば乗り換えた記憶がない、けれどきちんとあの部屋の最寄り駅にちゃんとついていた。

 これも一つの帰巣性、という奴なんだろうか。


「なんちゃって」


 私の帰る場所は、すっかりあの部屋だと体にもしみこんでいるようだ。

 勿論何年も住んでるからだろうけれど、でも実家にいた頃、こんな風に何も考えないで電車に乗っていた事は無い気がする。

 早く帰りたい。


「あ、連絡するの、忘れちゃった」


 一応連絡だけしておこう。

 LINEに「今から帰る」と簡潔に打ち込む。返事は返ってこなかった。

 まぁ、朝だから仕方ない。帰ってももしかしたら、アーサー君は寝ているかも。

 家に帰るまで、後十分というくらいで、連絡した意味があるのかとアーサー君に怒られそうな気もする。

 今となっては怒られてもいい、アーサー君の声が聞きたい。


「あれ、お帰りなさい」


 お隣さんだ。

 今日は平日だからか、朝が早い。

 オフィスカジュアル、というのか。クリーム色のブラウスに桜色のスカートと、茶色の大きなバッグを持って、小さなお弁当が入っているらしい保冷バッグをもう片方の手に持っている。


「あ、おはようございます。ただいま」

「はい」

「あの、前から疑問だったんですけど」

「あ、私も疑問だったんですけど」


 おそらく、お互い同じことを思っていたのだろう。


「「ご職業は何を?」」


 同時に言葉を口に出して、数秒見つめ合って、お隣さんと笑い合った。

 お隣さんは英語の教師をしているという事だった、割と休みがない職業だと聞いているけれど、お休みによくランニングしていた気はしている。

 だからアーサー君とも仲良くなったのかもしれないな、なんて思う。

 私じゃなくて、お隣さんがアーサー君と出会っていた可能性もあるのか。 それは、ほんの少し。ほんの少しだけど、嫌だなぁと思う。

 アーサー君に対しての独占欲か、この心地いい関係を一生感じることが出来ないのかもしれないという恐怖かはわからないけれど。

 お隣さんに私はカラオケ店のバイトだと話した。将来就きたい職業も特にないと伝えると、お姉さんは目を丸く見開いて。


「じゃあこれから、何にだってなれるんですね」


 そう言った。くすぐったそうに笑うと、お姉さんは階段へと歩いて行った。


「何にでもなれる、か」


 お義父さんに言われて靄がかった心の内が、晴れた気がした。

 決めつけられていないっていうのは、とてもいい事だ。

 お姉さんは生徒に言っている言葉を、私に言っただけかもしれない。それが誰かの心を救う事がある。

 そういう瞬間の為に、多瀬さんは教師を目指しているのかも。

 鍵を開けながらそんなことを考える。

 ガチャリ、と音がするのと同時、部屋の中から、何かぶつかったような音がした。


「ただい、ま?」


 おかえり、とそう言ったアーサー君は、おそらくリビングから玄関への廊下にある段差につまずいたらしかった。


「帰ってくるなら連絡しろと……」

「ごめんね、アーサー君」


 靴を脱いで、廊下足を踏み入れるや否やアーサー君に抱きしめられた。

 

「アーサー君、荷物置きたい」

「……お前はぶれないな」


 荷物を廊下の端に置いて、腕を広げると腕を引っ張られて、抱き留められた。

 暖かい。


「おかえり、みな美」

「ただいま、アーサー君」


 アーサー君からはほのかにお酒の匂いと、タバコの匂いがした。

 出かけてたのかと尋ねると、上野さん、國橋君、ジャンさんと一緒に飲んでいたらしい。

 一応シャワーは浴びたんだが、と申し訳なさそうに言われてしまった。

 抱き合ったまま、実家での出来事や、さっきお隣さんと話したこと何かを話して、アーサー君はジャンさんが菜々ちゃんに振られてしまったことなんかを話してくれた。


「何にでもなれる、か」

「うん、何になろうかな。困っちゃうね」

「いつか」

「うん」

「いつか、イギリスに、俺の故郷に来ないか? そこでのんびりするのもいいし、日本に憧れる奴は多いから、日本語を逆に教えるのもいいと思う」

「……それ、いいね。素敵だね」


 日本語を教えるのは、普通に日本の学校で英語を教えるより絶対に難しいだろうけれど、それはそれで面白いだろう。

 私が教師に向いているかはともかくとして、少し教えるくらいならできるかもしれない。

 なんて、思い上がりだろうか。


「ねぇ、アーサー君」


 続きを紡ごうとすると、アーサー君も同時に口を開いた。


「「お腹空いた」」


 少し離れて、二人で顔を見合って笑った。

 大したものがない、とそう言いながら、お味噌汁を温めなおしてくれて、冷凍されていたご飯を引っ張り出して、レンジでチン。

 後は、作り置きしているらしいきんぴらごぼうも備えて、数分で卵焼きを作ってくれた。

 アーサー君は、味噌汁とご飯だけ自分の手前に置いて、手を合わせてちらりと私を見る。

 私も習って手を合わせる。


「「いただきます」」


こちらで本編は完結です。

番外編で、アーサーとみな美以外のバイト先の面々の話を書きたいと思います。


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