「会いたいな」
朝、目が覚めると、起きていたお母さんに挨拶をした。
料理を作っていた手を止めて、私を見ると「もう帰るの」と、少し寂しそうに笑うお母さんに、申し訳ないと思いながら首を縦に振る。
お父さんに会う前に帰ってしまおうと思っていた事は、お母さんにもバレていたらしく、「またいらっしゃい」とそれだけ言った。
「うん」
と、言いはしたけれど、私が本当に実家に帰ってくるかは微妙なところだ。
アーサー君と離れてまで、実家に帰ってきたいというのは、思えない。
お母さんや、満、瑠架、花恋を嫌いなわけではない、むしろ好きだけれど。でもそれ以上にお義父さんが苦手だ。
実家に帰ってくる利点はたくさんあれど、たった一つのマイナス要素はそれを簡単に凌駕する。
「じゃあ、また」
お母さん以外に誰にも会わず、私は玄関に向かう。
満と瑠架には、連絡を入れておく。入れておかないとまた後で何か言われるに違いない。
そう思っていたけれど、電車を待っていたら瑠架から電話が掛かってきた。
『姉ちゃん! 何で黙って帰っちゃうんだよ!』
そういう事を言われると思って連絡をしたんだけれど、効果はなかったようだ。
まだ話したかったことがあるだとか、もっとゆっくりしていけばよかったのに、となどの文句を聞き流して、電車がやってくる事を告げて電話を切ろうとすれば、最後に満が言いたいことがあると替わられた。
「何か、後で父さんが聞きたいことあるらしいんだけど、姉ちゃん連絡先教えていい?」
「あれ、お義父さんに言ってなかったっけ? 別にいい、よ」
嫌だけど、本当は嫌だけれど。
「姉ちゃん?」
「じゃあ、本当に電車来ちゃうから切るね」
断っても良くはないだろうから断ることはしなかった。
何のために私と連絡を取るんだろう、きっとろくなことじゃない。そんな思いに頭を振る。
以前はこんなこと考えもしなかった。
考えようと思うまで、お義父さんと関わることもなかった。それ以上に嫌だとか、そういうことを普通に思えるようになった自分にびっくりした。
とりあえず、今は、
「アーサー君に会いたいな」
電車に乗り込んで窓際の席に座ると、そんなことを呟いた。
凭れ掛かるくらいのつもりだったのが、意外と窓と距離があって、思いきりガツンとぶつかった。
痛かった。
スマホのイラストサイトで、推しのイラストを見ていると、上の方にお義父さんからの連絡が来たと通知バナーが見えた。
このまま推しを見ていたいなぁという私の欲望を優先するか、それとも嫌な事を先に終わらせて、推しに癒されるかどちらか天秤にかけて、後者を取った。
『お父さんです』
そんな文面から始まったやり取りは、結局お義父さんの会社で英語ができる人を探しているらしく、一度面接に来ないかという誘いだった。
一度角を立てないように、でも今は就職をまだする気はないので、その旨を伝えると、お義父さんからはやっぱりというか、「いつまでもフリーターでいる訳にも行かないでしょ」と言われた。
満から何も話を聞いていないのだろう。
私が今のままでいいと思っている事を、お義父さんは聞いてない。
私も言っていないのだけれど。
『すみません、行きません』
と、それだけ言ってその後はお義父さんからの連絡先をミュートにした。
就職について考えることはあっても、おそらくお義父さんの会社にだけは行かないだろうな、そんなことをぼんやりと思いながらイラストサイトを再度開いた。でもそろそろ本当に考えないといけないだろうか。
まだ、この心地よいアーサー君との同居生活を続けていきたいと思うのは、世間から見ればダメな事だ。理解はしている。
けれど私は納得はしないから。
邪魔だけはしないで欲しい。




