「なんでもない」
お久しぶりです
お母さんが食事の準備をするということで、私は自分の部屋で待つことにした。実家において行った漫画なんかもあるので、読み返そうと思って自分の部屋のドアノブに手をかけたところで、玄関から「ただいまー」と声がした。
勿論満や瑠架の声ではない。聞き覚えのあまりない声だ。でも「ただいま」という言葉から察するにお義父さんなんだろう。幸い私の部屋は玄関から離れているので、顔を合わせることはなかった。
リビングから聞こえる声に耳を済ませる。
「お帰り、帰ってくるの明日の夜って言ってたのに早かったのね」
「ただいま。もともと明日は予備日みたいなものだったから、さっさと帰ってきたんだよ」
「連絡してくれればいいのに」
想定外だった。まぁそれでも今日を選んだのは私なわけだし、仕方がない。
というかお義父さん連絡しようよそういうことは。
「そう、ちなみに貴方の分のご飯はないわ」
「え、本当に?」
「その件に関しては連絡しないのが悪いのよ。みな美も帰ってきてるから、ちょっとどこかでご飯食べてきて」
「えー……」
ちなみにお母さんは、離婚という失敗を経験した上でこうして強気で言いたいことを言うことに決めているらしい。満と瑠架が絶対の味方だから強気に出られるというのもあるようだけど。
インスタントラーメンとかそういうものを自宅で食べるという選択肢は、お義父さんには与えられていないんだろうか。
「って、みな美ちゃん帰ってきてるの?!」
「ええ」
「ちょっと、そういうこと言っておいてよお土産買ってきたのに!」
さっきお母さんが言ってた言葉と似たような言葉を今度はお義父さんが言っている。どうやらこの夫婦似たもの夫婦だ。
というかお義父さんが帰ってくる頃には、私は帰っている予定だったから多分無駄になると思ってお母さんは言わなかったんじゃないだろうか。
少しの言い合いの結果、お父さんがコンビニで何か買ってくることで落ち着いたらしい。忍びないけど、お母さんが譲る気ゼロだったためこれでいいんだろうとも思う。
その後お義父さんは花恋を連れてコンビニに行き、明らかにお菓子だとか何だとかを買わされたんだろう、弁当の入った膨らみ方をしていないコンビニ袋を提げて帰ってきた。
実家の五人がけの席にいつもはないパイプ椅子が用意されていて、即席の六人がけテーブルになっていた。お義父さんはそれが当然のようにパイプ椅子に腰掛け、コンビニの弁当を広げる。ちなみに海苔弁当だった。隣に花恋が座り、花恋の隣に私が座って、私の向かいにお母さん、お母さんの隣に満、瑠架が並ぶ。
「いただきます」
全員で合掌してから食べるのが決まりになっている。これはお母さんが決めたルールだった。
今でも続いているとは思ってなかったけれど。
さて、とお箸を手に取る。私の目の前にはご飯とクリームシチューとサラダ、テーブルの中央に唐揚げが山盛りに、これは瑠架と満がお肉が好きだからだろう。私も唐揚げは好きだけど。
よくお母さんは私の好物を覚えている物だなぁ何て感心する。口にしたらおそらく怒られるだろう、「これでもあんたの母親なんだから」と。息子が髪を染めようが、娘が一人暮らしを勝手に決めようが怒らないけれど、そういうことは怒る人なのだ。
シチューを一口すくって食べる。すると、どういうことなのか、アーサー君の作ったシチューと味が似ている気がした。アーサー君のシチューに比べれば一味足らない気はするけれど、でも似ている味だ。
「美味しい」
「そう、よかった」
母さんはほっとしたように笑っていた。美味しくないとでも私がいうと思っていたのだろうか。それとも久しぶりに私が食べるから、味覚が変わっていることを心配したのかもしれない。それは大いにあり得たことかもしれない。けれど、私の舌はあまり変わっていないらしい。
アーサー君の作るシチューはお母さんのものと似ていたから、、たまに食べたいと思うのは、シチューだったんだ。そもそも私はクリーム煮とか好きだからだと思ってたけれど、出発点は多分ここなんだ。
「なるほど」
「何が?」
「なんでもない」
ぽつりと言葉が漏れてしまった。慌てて頭を振って、クリームシチューをもう一度口に運んだ。




