「別に、お母さんはダメな親だって訳じゃないんだから」
私の住む糸市から実家は電車を使って大体一時間と言ったところ。そんなに時間を使わないで帰れるからこそ、特別な用事でもない限り帰らなかったのだ。
これがもう少し遠ければ、何かしらのイベントがあったときに帰っていただろう。実際大学の時はもう少しこまめに実家に顔を出していた。というより社会人になった娘(あるいは姉)に対してこう頻繁に「実家に連絡をしろ」言ってくるものなのだろうか。私は私の家族しか知らないから、これが普通なのか、それとも特殊なのかもわからない。
「「おかえり、姉ちゃん」」
駅に着いて、改札を出たところでダブルサウンドが迎えてくれた。
迎えなんか来なくていいって言ったのに、それでもまぁくるだろうと予測はできたから、簡単に挨拶だけ済ませる。トートバッグは満に奪われて私の荷物はそもそも軽かったのにさらに軽くなった。
「瑠架は受験どうだったの?」
「一応合格した」
「そっか」
さすがやればできる子。
しかし、瑠架の髪の色は以前と変わらず、というより以前よりも少し明るい茶色だ。
「もしかしてその髪色で行ったの?」
「な訳ないじゃん。ちゃんと受験シーズンは黒染めして、卒業してからまた染め直した」
卒業してからにしたあたりまだ偉い方だろう。
というかなんで一回染めちゃったんだろう。黒髪だったら文句言われなかっただろうに。
「行ってるとこの美容師さんのカラーリングの練習台になったらああなったんだよ。まぁあれはあれで気に入ってたけど」
なるほど、そういう経緯があったわけか。
お姉ちゃんはてっきりぐれたのかと思った。
「満は染めたりしないの? せっかく大学生になるんだからデビューしちゃう?」
「しない。面倒臭いし」
満はどちらかというと、ビジュアル面に関してはほとんど無頓着だ。
せっかく可愛い系統の整った顔立ちをしているのにもったいないとは思うけど、本人がやりたくないなら仕方がない。
「そういえばアーサーさん連れてこなかったんだね」
「うん。最近アーサー君在宅バイト始めたから」
「そうなの!?」
そんな感じで近況報告なんかを済ませていると実家に到着した。
というか私も馬鹿正直に答えていたけれど結局実家でも同じことを言う羽目になるんだったら、説明後にすればよかった。失敗した。
「おかえり、みな美」
「お姉ちゃんおかえりー」
「ただいま、お母さん、花恋」
母さんと花恋が出迎えてくれて、私のトートバッグはさっさと私の部屋に満が放り投げて、リビングで団欒しろということなんだろうな、なんて考えながら花恋に手を引かれる。
「お姉ちゃんアーサー君はー?」
「来てないよ」
「アーサー君とお姉ちゃんいつ結婚するのー?」
妹恐るべし、あんまり初っ端に触れたくない話題にぐいぐい触れてくる。
お母さんも呆れたようにため息をついている。こんな形でアーサー君について話すつもりはなかったんだろう。まぁ私としては話す順序が違っているだけという感じなので問題はないといえばない。
「まだしないかな」
「そっかー。お姉ちゃんウエディングドレスにするの? それともお着物? 花恋ね、この間七五三でドレス着たのー」
話がコロコロ変わるのは小さい子ならではなのだろう。
そういえば満から花恋の七五三の写真が送られてきた。花に恋をするという名前に相応しく、菫色のワンピースドレスを、花みたいな笑顔で纏っていた。よかった話が逸れた。と思ったら満が花恋をリビングから連れ出し、瑠架もそれについて行ってしまった。
「何か、飲む? お腹空いてない?」
「コーヒーあったらカフェオレ欲しい」
キッチンでコーヒーを入れたカップを持ってきたお母さんは私の対面の席に座って、それで、とポツリと話し始めた。
「その、アーサー君ってどんな人なの?」
「どこまで聞いてる?」
「あんまり、外国の人で働いてないってことだけ満から」
見事にマイナスなイメージしか持たれない言い方をしているあたりに、満の悪意を感じる。
「どこの国の人なの?」
そこから聞いてないのか。
アーサー君がイギリス人だとか、今は内職をしているとか、いつも優しくしてくれるとか、バレンタインにバラをくれただとかそんな話を一通りした。
おそらくアニメだとこのあたりで総集編に入るだろう。まぁ、私らの話がアニメになったところで、総集編が必要なほどの長編アニメにはならないだろうけれど。よくて1クールで、アーサー君が一度出て行って帰ったところでアニメ終了だ。
「まぁそんな感じ」
「そう……、よかった」
「え」
普通はもう少し心配すると思うんだけど。
「あんたは、変なダメ男に捕まっちゃダメよ。私みたいになっちゃう」
二人から生まれておいてなんだけど、なんでお父さんとお母さんは結婚したんだろうと、何度か疑問に思ったことはある。直接母さんに確認をとったことはないけれど、満曰く、お父さんの結婚までの擬態が完璧だった、それにお母さんはまんまと騙されたというか許容した上に「俺にはお前しかいない」という言葉に観念したらしい。
というか、アーサー君は変な男にカウントされないのだろうか。
「別に、お母さんはダメな親だって訳じゃないんだから」
なんて言いながらお母さんの入れてくれたカフェオレを口に含む。
子供三人を片親で育てて、二人が育ち盛りになるのを懸念して再婚して、私は大学まで行くことができたし、二人だってお金のことを心配することなく大学に行くことを決められたのだから、そんな風に子育てをしたお母さんが糾弾されるなら、私は絶対に胃を唱える。
「……、あんたは本当」
「何?」
「何でもないわ」
お母さんは、呆れたような、それでも優しく照れくさいと言った表情で笑った。
その顔が何となく、アーサー君を思わせた。




