「この世で一番居心地いい場所なのに、帰ってこない理由がないでしょ」
久しぶりに実家に帰る。
一年ぶりくらいだろうか、アーサー君が来てからは全然帰らなかったし、帰る理由も特になかったから、帰らなかった。どうしてかというと、義理の父、つまりお母さんの再婚相手の方と私が気まずい関係にあるからだ。
別に義父が悪い人なわけではなくて、まぁ私が勝手に気を使っているだけ。満と瑠架はちょくちょくお義父さんはあっていたようなんだけれど、私がバイトや学校といろいろと理由をつけて、お義父さんに会わないようにしていたせいで、お義父さんはおそらく私が自分のことを嫌っているんだと思っていると思う。
単純にいうとそこまで興味がなかったというか。お母さんを支えてくれる、お母さんが選んだ人で、満も瑠架も賛成しているなら私が言うことは何もないと判断した。そして、私はなんとなく歳が実の父に近い年齢の人を避けていて、お義父さんはその対象だった。まぁ私の場合は年齢が微妙だったということもある。女子高生が避けていた年代の人が家にいると言うのはなかなか気まずかった。そんなわけでバイトだったり、寄り道をしたり、学校に残って無駄に友達とお喋りしたりなんかして、家に帰る時間を遅らせて、リビングにいるのは食事の時間のみ。それ以外はさっさと自室に戻るという生活をして、高校を卒業すると大学近くで一人暮らしをはじめ、大学を卒業してからは今の部屋に一人暮らしという徹底ぶりで私は実家に寄り付くのを最低限にしていたというわけだ。
その結果お母さんにすごく心配をかけているのだけど。
「忘れ物はないか」
「うん、多分無い」
出かける前、少しの着替えとスマホの充電器や簡単な化粧ポーチ等が入っている、旅行に行くには軽装備すぎるくらいのトートバッグとお財布やスマホが入っているショルダーバッグを肩にかけ直す。
「まぁ、別に知らない土地に行くというわけでは無いから問題はないか」
「うん、そうそう」
実家に帰るのに、そんなに心配されるのもどうかと思う。
「明後日には帰ってくるんだろう」
「うん、時間はまた後で連絡します」
「そうしてくれ。後」
「ん?」
「血をくれ」
「あー、そか」
二日ほど飲めないからということなんだろう。出かける前に言って欲しかった感はあるけれど、まぁ行為自体は二分ほどで済むから問題はない。アーサー君は私の首筋から血を吸って、ちる、と傷口を舐めた。
「じゃ、いってくるね」
「ああ」
そうして、扉に手をかけて、扉を開いたところで、トートバッグを掴まれる。
「どしたの」
「やっぱり駅まで送っていく」
「……寂しい?」
「多分違う」
多分違うという言葉には、嘘はないのだろう。
照れているわけでもなんでもなくて、切なそうと言うわけでもなくて、なんというかアーサー君の表情は多分、「心配」からくる物だ。
「実家に帰るだけなのに、そんなに心配しなくても」
「なんとなく帰ってこないんじゃないか、なんて思ってしまってな」
「なんでさ」
そんな心配しなくても、私は絶対にアーサー君のところに帰ってくるのに。
「この世で一番居心地いい場所なのに、帰ってこない理由がないでしょ」
「この部屋がか?」
「『アーサー君がいる』この部屋が」
そこは重要だし絶対に譲らない。
アーサー君がいないこの部屋は、すごく寂しいのだ。
逆にアーサー君がいるなら、部屋が変わったところでそこが一番居心地のいい部屋になるのだと思う。
そう思うと、実家に泊まりがけで帰る意味はあるんだろうか。なんて考えるけど一度言ってしまったのだから、帰らないと。
「帰りたくないなぁ」
ポツリと溢れてしまった。帰りたくないというよりは、この部屋を離れたくないなぁというのが本音だし、実家に帰るよりアーサー君と一緒にアニメを見ていたいという気持ちが強い。
「ほら行くぞ」
「ここは甘やかしてくれないかぁ」
「甘やかして欲しかったら、ちゃんと帰ってこい」
「はーい」
甘やかしてくれることは確定なのだなぁ、と思って少しおかしくなってしまった。
フードを被ったアーサー君と駅まで歩く距離がもう少し、長ければよかったのになんて思ったのは、怒られてしまうから秘密にしておこう。




