「ホワイトデーのお返し」
ジャンさんにはアーサー君には心配はいらないから先に帰ってもらうように頼んだ。
大学の友達と偶然会ってお茶をしているという真っ赤な嘘を、アーサー君は信じてくれていたみたいで、帰っていったとジャンさんから報告をもらった。ちなみにジャンさんは普通にスマホを持っているし、LINEも交換した。
おそらくアーサー君は誤魔化されてくれているんだろうなぁ、なんて思いながら、本屋さんをぶらりと歩く。私の言葉を嘘だと、糾弾することはアーサー君は多分ない。アーサー君は私に甘い。甘すぎるほどに。甘やかされすぎている自覚は勿論ある。でもまだ、甘やかされていたいとも思う。人というのは甘やかされている状況に、抗うことはできないから。それが今まで得ていなかった物だから、尚更。
だからせめて、私は少しでも、返していきたいと思うのだ。彼より絶対生きる年数は短いから、生きている間に出来るだけ。それの手始めとして、今日はありったけの感謝を込めて贈ることにする。
約束通りの時間にお店に行くと、注文の品が受け取れたので、支払いを済ませて足早へ帰る。
右手に感じる確かな重量と土の匂いを感じながら、マンションのオートロックを開けて、エレベーターに乗り込む。
部屋のある階に到着したら、お隣さんとすれ違ったので、軽く会釈する。何抱えてるんだろうって怪訝な顔をされたけれど、後で説明することにしよう。
「ただいま、アーサー君」
「おかえり。えらい荷物だな」
それと全く同じセリフを昨日聞いた。
「これはアーサー君への贈り物です」
そう言いながら、袋から取り出してラッピングしてもらっている鉢植えをアーサー君に差し出した。
「ホワイトデーのお返し」
ぱちくり。
そんな漫画でしか見ないような擬音が聞こえた気がした。
真っ赤な目を丸くして、瞬きするアーサー君。
「は?」
「確かに、チョコレートあげたけど、あんな愛のこもったバラもらったのに釣り合わないなーと考えた結果です」
アーサー君は一瞬考えるように俯いて、それでも困ったように笑いながら私の手から鉢植えを受け取った。
「……この花なのは意味があるのか」
「勿論です」
「そうか」
アーサー君は諦めたようにため息をつく。
まん丸にしていた赤い目は、切なそうに細められた。
おそらくその切なげな瞳の理由は、この花を見る度、私を思い出すことになってしまうからだ。私の狙いはそこにある。だから、この花にしようと思ったのだから。
「鉢植えなんてどこにおくんだ?」
「ベランダ辺りかなお日様当てたいし」
アーサー君はラッピングされた勿忘草の鉢植えを、抱え直して「そうだな」と一言呟いた。




