「出なかったら家に来るからだよ……」
今日はたまたまだけど、休みだった。
まだ私の中にある風邪を完全にやっつけるためには都合が良い。今日はアーサー君もいるからゆっくり休むとしよう。
そう考えた時、スマートフォンが鳴った。LINEの通話着信を告げる音。着信相手は満。無視しようとも思ったけど、無視したら家まで乗り込んで来かねない。受験生に風邪を移す訳にもいかないので通話に応える。
「何?」
『あれ、姉ちゃんがこの時間に出るなんて珍しいね』
「出なかったら家に来るからだよ……」
『姉ちゃん声おかしくない? 風邪でもひいた?』
「わかるんだったら用件言って」
『冷たいなぁ、お義父さんが今度出張行くんだけどさ』
行ったんだけどさ、ではなく。行くんだけどさ。というのはおかしな話。
ただ、満が言いたいことはわかった。
『久しぶりに帰ってきなよ。母さんがそろそろ本当に心配してる。なんだったらアーサーさん連れてきても』
「それは絶対やだ」
不可能ではないけれど、なんとなく嫌だ。そもそもお母さんに好きな人の話とかしたことないし。したことない、というか。最後に私がお母さんと話したのはいつだっけ。そんなことを思うと、随分帰っていないんだなぁなんて改めて認識する。
「わかった。今度帰る」
『え、どうしたの姉ちゃん。素直だね?』
風邪の時くらいは素直になってもいいと思う。
というか私が実家に帰らないのは、必要がないからなのだ。
「もうすぐ満も瑠架も受験だもんねー」
『瑠架はこれからだけど、僕は後結果発表だけ』
なんと、私がバレンタインだなんだ言ってる間に弟はしっかり進路についてことを進めていたらしい。感心感心。二人とも同じ大学に進学するそうだ。満は推薦で、瑠架が一般受験。まぁ瑠架はあの髪だし、やればできる子だけどやらないし。そんな話を満としていると長くなるので、途中で打ち切る。
『日付決まったら、母さんに連絡してあげて』
「わかった」
会話が終わるとロフトから降りる。
ローテーブルには、雑炊で満たされた土鍋と、小鉢が用意されていた。キッチンからアーサー君が顔を出す。
「終わったか?」
「うん。お腹すいた」
「まだちょっと鼻声だな、熱は?」
「多分下がった、気がする?」
「聞かれてもな」
そう言われると現在熱があるのかどうかが気になってしまう。ご飯の前に体温計でちょっと体温を測る。結果三十七度五分。三十七代だと確か微熱だと聞いた記憶がある。
「よし、だいぶ下がった」
と、思ったんだけど結局のところ昨日は熱を測ることさえしていなかった。まぁ昨日よりもずっとマシだし。少し鼻声が辛い程度で背筋がゾクゾクするだとかそう言ったことがないからよしとしよう。
「じゃあ、いただきます」
小鉢に雑炊を移して、スプーンで掬った雑炊を息で少し冷ましているとまた、スマホが通知を告げた。今度は普通にメッセージだ。差出人は蛍ちゃん。
『風邪大丈夫?』
表示されているメッセージにそんなことが書かれていた。
そんな風に心配されたことはない。されていたとしてもこんな風にLINEは来ず、直接会った時に何か言われる程度だった。何かあったんだろうかと思って、簡単な返事を打つ。
『心配なだけだよ。もし迷惑じゃなかったら、お見舞い行きたいんだけどいいかな?』
「え」
そんな、たかだかバイト先のちょっと先輩なだけの人間にそこまでするなんて。蛍ちゃんは優しい子だ。
でも、社交辞令かもしれないし、何より移しちゃいけない。丁重にお断りすることにする。
「どうした?」
「ううん、蛍ちゃんが見舞いに来てもいいかって、移しちゃ悪いし断った」
「……そうか」
この時、私はアーサー君が少し寂しそうに笑った訳がわからなかった。




