「いつもありがとう。私を甘やかしてくれて」
扉の開く音がする。
一人で過ごしていた頃は、その音は絶対に聞こえないもので、聞こえないことの方が安心だったのに、今はその音がすごく嬉しい。
「アーサー君、お帰り」
「ただいま」
ロフトから降りると、足元がふらついてアーサー君に抱きとめられた。私はアーサー君の首に手を回す。ほとんど無意識の行動だった。
「アーサー君……」
「ああ、どうした」
ぐずった子供みたいに鼻をすすりながら、言葉を発することなくアーサー君に抱きついていた。アーサー君は優しく私の背中をさすってくれている。さっきまで寒かったけれど、今は少しだけ暖かくなった。
「どうした?」
「なんでもない、ちょっとこのままいて」
鼻が詰まって、ちょっと舌ったらずみたいな声になっている。声も少しおかしい。熱もまだ引いていないようだ。あれだけ寝たのに、まだ治ってないんだ。
アーサー君にくっついて少し時間が経った。まだ離れたいとは思わない。人肌恋しいってこういうことなんだろうか。でも多分、アーサー君以外にこんな風にはしない。こんな風に甘えることを私はしてこなかった。
「どんどん、我儘になっていくな、お前は」
ふっとアーサーくんが笑う。呆れてしまっただろうか。
「我儘」なんて初めて言われた。
「ごめんね」
離れようとすると、逆にアーサー君が私の背に回した腕に力を込める。
「呆れてるんじゃない。お前はそれぐらいでいいんだよ。俺にまで気を使わなくていい」
というか使うな、なんて付け足された。それから優しく背中をさすられる。人の温もりに、ただ安心する。
そういうことを言うのはお母さん以外にいなかった。こんな風に抱きしめてくれるのも。お母さん以外にはいなくて。でもアーサー君はお母さんとも違う。こんなに、安心して甘えれる。
「前にも言ったかもしれないけど、私アーサー君に凄く甘えてる気がする」
「似たようなことは言われた気がするな」
「ごめん、でもこれからも甘える」
「だから、謝るな」
アーサー君が私のこと優しくさすりながら怒るから、少しおかしい。
甘えていいのかな。甘えてて、いいのかな。甘えてるだけで、私はいいのかな。私はもう少し、しっかりした大人になりたかったはずなのに。そんな大人になるって決めてたのに。
「私、アーサーくんの事好き、なのかもしれない」
恋か、どうかはわからない。親愛なのかもしれないし、友愛なのかもしれない。でもずっとアーサーくんにそばにいて欲しいっていう気持ちを、言葉にするのならこの言葉なんだと思った。今、口に出てしまった。
「かもしれない、なんだな」
アーサー君は私の頭を撫でてクスクス笑う。アーサー君は私に対して凄く愛しているって言ってくれてるのに、私はまだ「かもしれない」なのはおかしい事なのだ。おかしいはずなのにアーサー君は許してくれる。また私をそうやって甘やかす。
「いつもありがとう。私を甘やかしてくれて」
「どういたしまして」
まだ甘やかし足りないから、早く風邪を治してくれ。
そんな風に言われては、頑張るしかない。ただその為に薬を飲んだりしないといけないので。
「アーサー君、ご飯」
「ああ、わかった」




