Side:S 「そこまでするかね」
うちのバイト先でイレギュラーは珍しいことではないが、それはオキャクサマがとてつもなく人格的にトチ狂ってる人がいる場合であって、店員側がイレギュラーを起こす時は、店員がドジった時が多い。
さて、今回のイレギュラーは、スタッフの彼氏(なのかどうかを結局のところ明言されてないけれど)の吸血鬼が、うちのバイト先で皿洗いをしている。
俺の中の高貴な吸血鬼のイメージが崩れ落ちていく。
まぁ皿洗といっても、食洗機にラックいっぱいに洗い物敷き詰めて一生洗っているだけなんだが、それでも、まぁ高貴なイメージからはかけ離れている。
幸いなのは、うちの制服が、白のカッターシャツにネクタイと、黒のパンツにこげ茶のエプロンを腰に巻くという、庶民的な制服じゃなかった事か。
「人吉さんの為にそこまでするかね」
俺が漏らした独り言に、ふっと笑いながらアーサーは言う。
人吉さんの為と言うよりは、自分の為らしい。どう言う事かといえば、まぁ人吉さんは這ってでもここにきただろうから。それを説得するよりは、自分が出てきた方が楽だと考えての行動なのだろう。とはいえ、アーサーは休ませると言う連絡をしただけだったのに、上野さんが「アーサーくんがきてよ」なんて言ったからここにいる。それが無ければ、今頃こいつは人吉さんの看病をしていただろう。
「っていうか、看病してなくて平気なのか?」
「分からん。あいつは大丈夫としか言わないからな」
それはそうだった。
昨日だって、絶対に体調が悪いのだろうということは察してた。早く帰って寝な、と言いたいのはやまやまだったものの、昨日は俺と人吉さんだけで、責任者は新店舗の人間で、立ってるだけの木偶の坊だったもんだから。俺と人吉さんでやるしかなくて、帰っていいなんて言えなかった。
俺のことを許してくれなんていうつもりもない。逆の立場だったとしても、人吉さんは帰っていいなんて言わないし。言ったとしても俺はそれを突っぱねる。つまり昨日はその逆だっただけだ。体調管理がなってないのは自分の責任と言われるこの会社だからできてしまった固定観念。
「まぁ、あいつも少しわがままを覚えてきたところだ」
「そうなの?」
前と一切変わったようには見えないけど。
「わがままって、「今日ごはんシチュー食べたい」とかそういうこと?」
「その程度はわがままとは言わないだろう」
「あれ? 例の金髪美人撃退したって言う」
「そうだな」
蛇口をひねりながら笑うアーサー。心底楽しそうというより、嬉しそうだ。分かった分かったと言って遮る。惚気なんて聞きたくはない。
「そういえば、お前はレディとどうなんだ?」
「聞く?」
「いい」
そうだろうとも。
野郎の惚気は聞いていて楽しいものではない。
「野郎どもー働けー」
「うーい」
上野さんがキッチンに入ってくる。「俺は働いてるんだが」とアーサーが呟いた。
俺と喋っている間に、アーサーは殆どの皿を洗い終わっていた。




