Side:A 「何処へも行かないから、安心しろ」
ここ二、三日なんとなくみな美が調子が悪そうにしていた。鼻の奥が痛い、とかなんとか言っていたので、聞けば風邪を引く前兆なのだという。熱があるわけじゃないから、と休んだりせず律儀に毎日バイトに行っていた結果見事に風邪を引いた。夜三時に帰ってきて、何も食べずに眠りについて、朝五時頃に起きてきてみな美は独り言で、「熱あるっぽい」と呟いた。冷却シートを額に貼りまたロフトに戻っていった。
「みな美?」
ロフトに向かって呼びかけるも、声を発するのもしんどいのだろう返事はない。普段上がるな、と口を酸っぱくして言われているロフトへの梯子へ足をかける。非常事態だったということで後で許してもらうことにしよう。
眠っているみな美の首元に手を添える。平均の体温よりは高そうだ。となると、粥とスポーツドリンクを用意しておこう。風邪薬は確か買い置きがあったはずだ。喉にいいのはなんだったか、大根飴か。あとは、風邪の時はこいつは梅干しが欲しいだとかなんだとか言っていた。こう行ったことがよくもまぁスラスラと出てくるものだ。と思いながら梯子を降りる。
スーパーが開くまであと四時間ほどあるので、その間に、梅粥でも作ってやろうと思ったが梅干しがないことを思い出す。
「買いに行くか」
いつも着ているパーカーを羽織り、鍵と財布を持って外に行く。
「じゃあ、少し行ってくる」
聞こえてないのだろう、やはり返事はなく音を立てないようにドアを閉める。
近くのコンビニと言っても、一番近いのは歩いて十五分ほどのみな美のバイト先の隣にあるコンビニだ。店内に入ると、この店独特の音楽が流れて、力のないそれでも声量だけはある「いらっしゃいませ」が聞こえてくる。
冷蔵コーナーに行くと、パックに入れられたおかずや、その下にたこわさやいかの塩辛などがあり、その隣にあった二つ入りの梅干しを手に取る。
「あれ、アーサーくんじゃん」
「……大河か」
その後ろからひょこりと、顔を出すのは慎也と会ったことのないスタッフだ。
「アーサーどうした? 梅干しなんか買って」
「みな美が風邪を引いてな、梅粥を作ろうと思ったんだが梅がなかったんだ」
「え、この人が人吉さんの彼氏!?」
人でもなければ、彼氏でもない。
コンビニにもかかわらず、声が割と大きい彼は、相楽楓人というらしい。少しふくよかな体型と、大きなメガネとパーマがかかった髪が特徴か。そういえば、「相楽くん」という人物の名前は、みな美がよく話していた気がする。
「話し聞きてえけど、人吉さん風邪引いてるなら早く帰ってあげて欲しい」
「またアーサーくん飲みに行こうね〜」
「ああ」
とても奇妙な話だ。
吸血鬼が、人間と酒を酌み交わすこともおかしな話だし、そして「またねー」とあんなにゆるく受け入れてもらえるのもおかしな話だ。まるで友達のようだ。彼らにとって俺はアルバイト店員の彼氏というだけなのだろうに。いや彼氏でもないのだが。
帰ってくると、玄関の前でみな美が眠っていた。
「みな美!? 何してるんだこんなところで、風邪が悪化するだろう!」
「あー、さーくん」
俺のパーカーを力なく握り、そしてへにゃりと笑った。
「よかった。またどっか行っちゃったかと思った」
その確認のために、熱のある体に鞭を打って玄関まで来たのだろうか。
みな美を抱き上げて、その額にキスをして、ロフトまでは持っては上がることはできなかったので、いつも俺が眠っている布団にみな美を降ろす。
「何処へも行かないから、安心しろ」
聞いているのかいないのかは分からなかったが、みな美は小さく笑って頷いた。




