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【本編】お疲れ様、いただきます【完結】  作者: 山西音桜
second season
53/74

「こういうバレンタインもあるんだねぇ……」

アーサーくんにチョコレートを渡そう、とは思ったけれど。どこかで買って帰ると、隠せないからやっぱりどうしても、コンビニで買ったチョコレートになってしまうだろう。それでもアーサーくんは気にしないだろうと思う。最近のコンビニのチョコレートって美味しいもんね。普通に百貨店で売ってるようなチョコレートみたいな感じするもんね。


そして、件のバレンタイン。私は出勤していた。

まぁ、私らの中では寝るまでがその日だから。私が寝るまで今日はバレンタインだ。その日中に渡せば問題ない、ということにしたいんだけど。いいかな。ダメかな?

着替えをすませると、すでに國橋くんがいた。蛍ちゃんに託しておいたチョコレートの個別の包みをぺりぺりはがしている。


「おはよー國橋くん。チョコレート貰えた?」

「んー? 大学で授業おんなじ女子からもらったけどー?」


チョコを口に放り込みながら、口の中をもごもごさせながら答えられる。

言うつもりはないらしい。その余裕な笑みから全ての事情は察せるけど、聞くのは野暮なんだろうな。とても聴きたいけれど。向かいに座りながら、自重しようとため息を吐く。


「人吉さんは? アーサーにチョコあげんの?」

「作ったりとか事前に買っておくことはできないから、コンビニチョコだけどねー。一応」

「ところでさー、あれ」


あれ、と指差したのは、くらい面持ちで一心不乱にパソコンに報告書を打ち込んでいる宵風さん。全然気づかなかった。というか気配なかった。


「どうしたんだと思う?」


聞かれても困る。


「上野さんと何かあったんですか? 宵風さん」


問いかけても、宵風さんはやっぱり一心不乱にパソコンに向かっていた。

視線はパソコンに向かっているけれど、なんだろう、パソコンを見ていない気がする。あれは心ここに在らずというやつだ。


「よいかぜさーん?」

「はっ、人吉さん? おはようございます」

「おはようございます。上野さんと何かあったんですか?」

「たい、い、いえ。上野さんと? 何もないですよ?」


今、「大河」って言いかけたよね。いつもは宵風さん、上野さんのこと下の名前で読んでるのかな。でも職場では上野さんって呼ぶようにしてるんだ。なんだその関係は、普通に美味しいカップルじゃないか。現実にいるんだ。


「バレンタイン、うまく行かなかったんすか?」

「いえ、私はバレンタインはここに持ってきたくらいです。彼氏なんていませんし」


そして、なおかつ私達には知られていない体で話す。宵風さんは本当に真面目なんだなぁ。私たちも気づいていると宵風さんに打ち明けてないから、おあいこなんだろうか。まぁ上野さんからヒントをもらって勝手にわかった気になっているだけだしなぁ。國橋くんは知っているんだっけ?


「彼女にチョコレートを貰えない彼氏ってさ、どれだけ甲斐性がないんだと思う?」


もう一つチョコレートをつまみながら、國橋くんはニヤニヤと私に話しかける。人を馬鹿にするときの顔だ。アーサーくんなんかをいじったりする時に見せる顔だ。

多分、そう、こうやって上野さんを馬鹿にすることで宵風さんにチョコを渡させるという作戦なんだろう。一瞬でこういう作戦を立てられるんだから、國橋くんの頭の回転はどうなっているんだろうと思う。


「彼氏いたことない人に聞かれても困るけど、まぁ、彼女を大事にしてないんだろうなぁとは思うよ。彼女さんがお金なくて渡せないとかならわかるけどね」


一応、宵風さんにも事情があるんじゃないか説を立ててみる。でも、それはどうやら違うらしい。話を聞きながら宵風さんは首をブンブン横に振っている。そして何か思いついたように、思い立ったように両頬を平手でパシンと叩いて、立ち上がった。


「あの、私帰ります! お疲れ様でした!」

「あ、はい、お疲れ様です」


上野さんがチョコレートをもらえることは確定したので一安心とする。


「さて、出勤するかー」

「だね」

「あ、人吉ちゃん」


キッチンから、有村さんがやってくる。右手に持ってるのは淡いオレンジに包まれた、三本の赤いバラ。うちのカラオケ店の制服はバーテンさんみたいな制服だから、イケメンがきてると映えるし、そして有村さんがイケメンだからさらに絵になる。


「おはようございます。どうしたんですか、そのバラ」

「黒髪眼鏡の女性に渡してって、さっき預かった。どうぞ」

「私に? 誰から?」

「それは内緒にしてくれって言われるんだ」


人差し指を立てて、口元に当てる。乙女ゲームのスチルみたいだ。

たしかにうちの店には、黒髪で眼鏡というと私しかいないけど、でもヘルプで来る子とかもいるのに、よく私限定に。というかバラの贈り物って本当にあるんだ。有村さんからバラを受け取るのと同時くらいに、國橋くんがぷっと吹き出す。


「あいつ、本当にやったんだ!」


小声だけど、たしかにそう言った。

あいつ、というのはアーサーくんのことだろうか。アーサーくんがバラを私にプレゼントしたということなのかな。

そういえば、イギリスの男性はバレンタインなんかに女性に贈り物をする時、マンションのコンシェルジュなんかにチップを払って、自分からだとは明かさないで渡してもらうように頼んだりするらしい。そしてそれを貰う時、女性は誰からかわかっているけど、知らないふりをして受け取るのだとか。

そんなイギリスの風習が、とてもロマンチックだな。なんてアーサーくんに言った覚えがある。アーサーくんのお父さんがお母さんにどんなプレゼントを送っていたかを話してくれた時。アーサーくんはやったことがないなんて、言ってたけど。


「こういうバレンタインもあるんだねぇ……」


バラの花をぎゅっと握る。

ホワイトデーは、頑張ってお返ししないと。

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