「バレンタインチョコ?」
「バレンタインチョコ?」
とあるもつ鍋屋さんの個室で、私、蛍ちゃん、夕夏ちゃんが集まって鍋をつつきながら談笑する。はずだったのだけど、ちょっとした近況報告した後、その言葉を発したのは夕夏ちゃんだった。
國橋くんへのバレンタインチョコをあげるか、あげないかの相談だ。
「別にあげてもいいんじゃない?」
「それが……本命しか受け取らないし、貰ったのは本命として受け取ると」
「わぉ……」
それは全力の脅しと言うんじゃないですかね、國橋くん。
っていうかそんなセリフ言うの少女漫画のヒーローだけだと思ってたよ、さすがオタク。
いつの間にそんなに、アプローチしてたんだろう。
「押しが強いというか、なんというか。國橋も必死ですなー。よきかなよきかな」
「蛍さん、私は真剣に相談しているのですが」
そうは言ってもねー、と軽く流しながら、蛍ちゃんは鍋をおたまでかき混ぜる。もつ鍋だから、くるくるとしないで場所を入れ替える程度だけど。
「わたしは、別に國橋良いと思うよー。オタク趣味に寛容だし、っていうかオタクだし、好奇心旺盛だからいろんなことに付き合ってくれるし、いろんなこと知ってるし、身長はまぁ、はやみんと変わんないのはちょっと残念だけど」
蛍ちゃんは割と酷い事を言っていることに気づいているかな。
いや、気づいていても、例えば本人がいたとしても蛍ちゃんはこのスタイルを貫くのだろう。むしろ本人がいた方が嬉々として悪口を言うに違いない。蛍ちゃんは性格が悪いのではなく、とても素直なだけだったりする。
「蛍ちゃんは素直だねー。私も國橋くんお買い得だと思うなぁ」
「そんな買い物みたいに……」
そういうのは、良くないと思います。
窘めながらこちらに手を伸ばして、手を差し出す。なんだろうと思ったら、私のとんすいを指差した。とんすいを預けてお礼を言う。
「夕夏ちゃんは國橋くんのこと嫌いなの?」
「嫌いでは、無いと思います。むしろ好感は持っている人ではあります。しかしそれは恋愛的な意味ではありません」
うーん、固い考え方だ。
そんなに難しく考えなくても良いと思うんだけど。私もアーサーくんに対してなかなか面倒臭く考えている以上、夕夏ちゃんに強くは言えない。
「みなみんはどうするのー、アーサーさんに渡すのー?」
「うん、手作りとかでは無いけど」
だって作ってたらバレるし。バレンタインのサプライズができないと言うのは、同居しているカップルの欠点というかなんというか。まぁ、別に作っていたところでアーサーくんは何も言わないだろうし、黙って受け取るのだろうとも思う。でもそれだとあまりにつまらないから、少しはサプライズ感を出したいのも本音。
「夕夏ちゃんは國橋くんと付き合うのやなの? 」
「そーそー、この間二人でご飯行ったんでしょ?」
そのお話はお姉さん初耳なんですけど。
「あれは、お礼ですから。漫画を貸してくれたお礼で。結果的に私ばかり楽しんでいた気もしますし。あれで國橋さんが楽しんでいたのかと問われると」
「「あ、そこはどうでもいい」」
思わず蛍ちゃんとハモってしまった。だって國橋くんが楽しかったかどうかは問うまでもない。夕夏ちゃんと一緒だった事で國橋くんが楽しくなかったなんてそんなことはないのだ。
私は、ベルを鳴らして店員さんを呼んでだし巻き卵を注文する。
「お二人とも國橋さんに酷くはありませんか」
「んー、奴はこういう扱いで十分だよー」
「多分夕夏ちゃんが優しければ國橋くんはそれでオッケー」
だと思う。保証はないけど。というか私が優しくない分アーサーくんが國橋くんに優しいと思うから釣り合いは通れているはずだ。まぁ、アーサーくんが國橋くんに優しいのは、あの一件で恩を感じているからなんだけど。
「付き合いたくないならあげないのもアリだと思うよ」
「それはそれで、不義理な、気がするので」
「じゃあさー、三人で徳用パックのチョコレート買って行ったら良いんじゃない? 皆への義理って事にもなるし」
「あーいいねー!」
そうすればこの問題は解決する。のだけど。
夕夏ちゃんは納得していないようだった。どうして納得できかねているのかは、今は聞かないでおいてあげよう。
もつ鍋の具が空になったので、締めるか、おかわりをするかで話し合った結果、ラーメンと追加のお出汁を注文する。
「夕夏ちゃんも卵焼き食べる?」
「いただきます」
だし巻き卵を食べる。
今日のもつ鍋も、だし巻き卵も美味しいけれど、明日はアーサーくんのご飯が食べたいな、なんて思った。




