Side:A ああ、本当に、この街の人間は。
アーサー君とみな美の出会い
アーサー君視点
みな美が風呂に向かうと、俺は広げていた足で胡坐を組む。
「しかし、貴方が人間の女の子に惚れこむなんて、長生きはしてみるものですね」
「煩い、五十年も生きていない若造が」
「貴方に言わせればそうでしょうけれどね」
最近では、五十年だと人間でも長生きとはとらえられなくなってきている。なんでも今では百年生きる計算で物事を考えているらしい。みな美はそんなに生きる気がないらしいが。
「さて、僕が話すことはもうないので、彼女との馴れ初めでも聞かせてほしいですね」
「お前に話すようなことではないが」
あいつ、みな美と出会ったのは日本に来て、しばらくしてからのことだ。
田舎の、温かい人々ばかりに運よく出会っていた俺は、都会にやってきて人間がとても冷たく見えた。みな美に話すと「それは田舎の人たちが良すぎただけだよ、日本人なんてこんなんが普通だよ」と笑われてしまったけれど。それでも、俺は血を吸うのをためらうくらいには、この地域の人間たちを避けた。
香水臭いキャバクラや、品のない笑顔を浮かべた居酒屋、カラオケ店のキャッチ。低俗なホストクラブのスカウト。宗教の勧誘、献血の宣伝。煩い街中。すべてにおいてそれまで俺が出会ってきた人とは逆だった。声をかけてきたのは自分の利益しか考えていない人物ばかりだ。所謂逆ナンも何度かされたけれど、吐き気がするほど香水の匂いしかしない人間ばかりだった。
三日でこの地域から出ていくことを決めた。
それでも、道に迷っているうちに、血を求めてふらつくことが多くなって、立ち止まって、道の端に寝転がる。
一つの実験。
それまで背の高い外国人だった俺が、見た目を変えてみることにした。
幼く見えるであろう身長になり、フードを被る。髪は降ろして少し汚した。
行き倒れた外国人の少年(実際みな美に言わせると、吸血鬼としての貫禄が少年っぽくは見せなかったらしい)を救うような人間が、この街にいるのかどうかを試してみたのだ。
「えー、何あれ、喧嘩かな?」
「ああ、子供相手に、ひっでーなぁ」
笑って去っていくカップル。
「……っち」
嫌なものを見たというように舌打ちだけをしたサラリーマン。
ああ、本当に、この街の人間は。
日本が温かい人間ばかりだといった眷属は誰だったか。
次に目の前を通った人間の血を半殺し程度に吸って、早々にこの街を離れることにしよう。そう決めた矢先のことだ。
「あの、大丈夫ですか?」
みな美に出会ったのは。
そういえば、出会ったばかりのみな美の肩は、凝りすぎて噛めたものではなかった。
「それはもう酷かった」
「そんなに? 今はもう噛めるんですか?」
「噛めるが、噛むなよ」
まったくと言っていいほどジャンが来ることを想定していなかったので、俺以外の吸血鬼が、みな美に近づくことを考えていなかった。もしジャンが「血をくれ」とみな美に言ったならみな美はたぶん「いいよー」と飲ませるだろう。
それはとても腹立たしい。
「ちなみに、みな美の血を吸おうものなら、殺すぞ」
「おお、怖い怖い。師匠が気に入ったのは彼女の血ですか?」
「すべてだ」
「……お熱いことで何よりです」
一瞬ジャンが呆れたようにため息を吐いた。
「当てられそうです、立ち去るとしましょう」
「そうしろ」
立ち上がったジャンは、ああそうだ。と何か小さな冊子のようなものを俺に渡した。
「パスポート?」
こんなものを渡されてどうすればいいのか、というかこれがなかったらお前が帰れなくなってしまうだろう。と考えながら中身をひらくように言われるので、言われた通りに中を開く。
「なんだこれは」
「貴方のですよ。好きに使ってください」
「待て、なんで俺の写真が貼られている」
確か申請の際に書類と同時に出さなければならないはずだ。
「僕が変装しました。よく似ているでしょう?」
「似ているが」
まぁ元々俺とジャンは顔立ちが似ている。そもそもそれがきっかけでこいつが俺の眷属になってしまったのだが。
「それがあれば、簡単なバイトくらいはできると思いますよ」
ビザも申請しなければならなかったような気がしないでもないが。
「何故こんなものを」
「日本の女の子に惚れ込んで、その女の子が死ぬまで日本から離れない、と決めているのであれば必要だろうと思いまして」
そういえば、こいつはそういうやつだったな。先回りして必要なものを揃えて、それを恩きせがましく売ってくるやつだった。
「何が望みだ?」
「とりあえずは、僕が駅で出会った彼女と縁を繋いでいただけたらと」
「……誰だそれは?」




