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【本編】お疲れ様、いただきます【完結】  作者: 山西音桜
second season
40/74

「今まで人のために我慢してきたんだから、これくらいは許してほしい」


 もう一回誰か入り込んでくれないだろうか、というのは多分人頼みにも程があると思う。多少は自分でどうにかしろ、と國橋君あたりに怒られてしまうだろう。それでも、誰か助けてと思わないではないし、怒られてもいいから國橋君、早く来て。

 そういえばさっき、アーサー君は上野さんのことを呼び捨てにしていなかっただろうか。いつの間にそんなに私のバイト先の人と仲良くなったというのか。でも下の名前で呼ぶのが外国人の普通なのだっけ。


 などと、現実逃避甚だしく考えていた。

 だってこれ、もはや私とエリザベスさんの問題じゃないんだもん。

 アーサー君とエリザベスさんの問題なんだもん。私一人蚊帳の外なんだから仕方ないじゃない。いや、当事者ではあるんだけどね。


「みな美。お前は、俺が、リジーについて行けばいいと思うか?」


 現実逃避をしていたら急に話を振られる、というのはこの日本においてよくあることだと私は思っている。いや、外国にもあるのかもしれないし、もしかしたら私がよくあると思っているだけかもしれない。

 アーサー君の私への問いは考えるまでもない。というか、そういう風に考えるなら、私はそもそもエリザベスさんに反発して、殺されそうになったりもしないだろう。


「絶対やだ、ダメ。アーサー君は私が死ぬまで私と一緒にいるの」


 ああ、でも認知症だとかなんだとかで、介護が必要になってアーサー君が私を面倒になって見捨てたりするなら、それは仕方ないかもしれないな、とは思う。

 ただ、エリザベスさんの我が儘を聞いて、アーサー君がイギリスに帰ってしまうのだけは納得ができない。したくもない。


「貴女、それは自分勝手な願いだと思わない?」

「思う、超思う」


 でも。


「今まで人のために我慢してきたんだから、これくらいは許してほしい」


 お姉ちゃんだから我慢しなさい、から始まって。

 オレに口答えするな、お前なんか生意気だって言われるのが煩わしいから口をつぐんだ。

 何でもいいと答えれば自主性がないだのなんだの言われたのも無視をして、自分の想いや希望も飲み込んで生きてきた。そうして私はいつからか、文句を言わない子に育ち、そういった感情を抱かない人間にまでなってしまった。

 自分だけが貧乏くじを引くなら、それはそれでいいと。他の人に行かなくてよかったと思うようになった。それは多分異常なことで、よくないことだ。だけど、生き方を変えようとは思えなくて、今さら変えられるわけもない。そんな私だから、アーサー君が必要なのだ。


「わかっただろう、リジー。自分のためにしか生きてないお前に、昔のような魅力は感じない。今俺は、人吉みな美以外の女に興味が全くわかない。さっさとイギリスに帰ってくれ」


 アーサー君、今なんかさらっと恥ずかしいこと言わなかった?


「じゃ、じゃあ! この女が死ねば、お兄様はわたくしの元に帰ってきてくださる!?」

「いや、それもない。こいつが死んだあと、俺はそこからアメリカに行くつもりだ。お前の元に戻る理由など、疾うにない。わかったら帰れ」


 それは初耳だった。アメリカに行って何するんだろう。いや、聞かなくてもいいか。私が死んだあとは、彼は自由だ。


「何で、どうして?」


 どうしても何も、過去のエリザベスさんが浮気した以外に理由はない。

 それもわからないのなら、本当にエリザベスさんは自分のためにしか生きてこなかったのだろう。羨ましい限りだ。


「エリザベス」


 アーサー君が初めて、エリザベスさんを愛称じゃない、普通の名前で呼んだ。電気はついていて、部屋は明るかったはずなのに、アーサー君の瞳がやけに赤く光って見える。


「イギリスに、帰れ」


 ルビーみたいに光らせた目で見られたエリザベスさんの瞳は、逆に光を失ったかのように見えた。そしてふらふらと、足取りおぼつかなく歩いて行き、扉を出ようとして、アーサー君が避けた。


「わかりました、アーサー様」


 多分、吸血鬼の使える催眠術的なスキルを使ったんだろう。使えるなら最初から使えばよかったのでは、と思わなくはないけれど、片付いたということで良しとしよう。

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