「おにいさま?」
ある日のことだった。
「人吉ちゃん!!」
「はい」
夜のバイト中に、洗い物をしていたら、突然フロントにいた有村さんが私を呼んだ。有村さんが何か凄い発見をした時(でも大抵、「有線でめっちゃ珍しい音楽流れてる」とかそういうたわいもないこと)、もしくは、外国人のお客様がいらっしゃるから対応をお願いされる時。例外はあるけど。
「人吉ちゃんに任せた!」
だろうと思ったので、洗い物をしてた手を止めて、濡れた手をタウパーで拭きながらフロントに小走りで行った。そこにはどうして、きょろきょろとあたりを見渡す金髪美人の姿があった。
腰まであるウェーブかかった金髪に青い目が美しい。ただ、何だろう。美しいは美しいんだけど、妖しい感じ。妖艶とはまた違った妖しさがある気が、する。
『こんばんは』
英語で、とりあえずそう声を掛けた。
女性はゆっくりとこちらに向くと、妖しい笑みを浮かべた。ふっと青かったはずの彼女の瞳が、赤く染まる。
「見つけた」
なんだ日本語しゃべれるんじゃないか、とか蛇に睨まれたカエルってこんな気持ちかな、なんてそんなことを考えた。赤い瞳がこちらを見据える。やっぱり妖しい人だ。いや、人かどうかも定かじゃない。多分、だけど。
この人は、アーサー君と同じ吸血鬼だ。
「あの?」
「貴女、アーサー・ブラウンをご存知?」
アーサー・ブラウン。多分それは昔使っていたというアーサー君の偽名だ。
「アーサー君に何か、御用で」
「少し、お時間いただけるかしら? 今すぐ」
「いえ、仕事中なので。あの、二十三時には、仕事は終わるので、それまで待ってもらえますか」
「わたくしを待たせると」
「はい、仕事は大事なので」
そういうと、美女の妖しい笑みが姿を消した。
私が瞬きしている間だったのかは、わからないけど、とにかく一瞬で、彼女は私の襟をつかみ、顔を近づける。ルビー色の目が十センチくらい先にある。
「今すぐにここで貴女を攫ってもいいのよ」
「いや、それは、やめてください」
「なら、どうすれば、私は、アーサー様にすぐに会えるのか、教えてくださる?」
「えっと、えっとー」
「お客様!」
慌てて止めに来た有村さんの計らいで、私は休憩をもらって、一部屋貸してもらって、美女と二人で話すことになった。
「アーサー様、わたくしのお兄様はどこ?」
「おにいさま?」
血のつながりのある兄弟がいるなんて、アーサー君から聞いたことはない。
こんなにも美人な妹さんなら、アーサー君は多分自慢するだろうし、満達が来た時に話題に出すだろう。
「ええ、お兄様。私がたまらない時に、ずっと傍にいると言ってくださったのよ」
「アーサー君が?」
「ええ」
でも、アーサー君は私の部屋にいる。
アーサー君は、もしかして会う人会う人に同じことを言っているのだろうか。
「何年も探したわ、こんな辺鄙な国にまで来てしまった。ずっと一緒にいてくださるって、私を眷属にまでしてくださったのに、彼はいなくなってしまったの」
「けん、ぞく」
私がされなかったこと。
私にはできないことが彼女にはできるんだ。
なんだろう、黒い、もやもやした感情が胸の中で霧みたいに広がっていく感じが、する。




