「煩悩が勝ったって言わないそれ?」
「あぁ~、そこそこ~」
久しぶりに、アーサー君がマッサージしてくれるというので、お言葉に甘えた。
アーサー君がマッサージしてくれるのは、主に肩と首。さすがに腰とかはマッサージするのは気が引けるらしいので、暇ができたときに整骨院に行って、きちんとマッサージしてもらっている。
「しかし、少し柔らかくなったな、お前の肩」
「本当ー?」
ずっと同じ姿勢ではあるし、休みもパソコンに向き合ったり、テレビ見るばっかりだから、いつもと変わってないのだけど、やっぱり定期的にアーサー君がマッサージしてくれたのが聞いたのだろう。
あと、バイト中暇があったらやってる肩回しも効いてるのかも。
「ああ」
耳の後ろから、首を撫でられる。なんかくすぐったくて変な声出たけど、そんなことは気にする暇がなかった。
首元に近づいてくる気配が感じられて、耳に自分のじゃない髪の毛がかかる感じ。
首に、息がかかったと思うと、次の瞬間には首元に噛みつかれていた。
「あ、アーサー君?」
耳のすぐ傍で、液体を啜る音が聞こえる。ついでに、液体を飲み込むときののどの音。
吸われている、私は今、血液を吸われている。
「アーサー君!」
最近慣れてきたからそんなに感じてなかったけど、吸血鬼に吸血されるときは官能的な快楽を覚えるのだ。
今、私は凄く恥ずかしい。顔が熱い、体が火照っている感覚がする。血液供給することが契約条件なので止めはしたくはないけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「アーサー君、そろそろ」
「ん」
牙が肩から離れたと思うと、最後にペロリと一舐めされた。
「ひゃぁっ」
変な声が出てしまった。何せ、その辺の感覚は敏感なもので、実は後ろから首を触られるのも苦手だし、ショートカットにする際に、襟足をマシンで剃られるのもあんまり好きではない。
だから舐められたりするのも、私の精神安定的な意味では本当によくない。
変な声を出したのも不可抗力。
なのだけど、アーサー君は何を呆れたのかはわからないけど、私の左肩に額を預けて、深く深くため息をついた。
「何?」
「今己と戦ってるから、ちょっと待ってろ」
「りょーかい」
だったら距離は取って欲しい気はするけど。なんか甘えられてるみたいで悪い気はしないので、肩は重いのは我慢してそのママの体制でしばらく静止。
髪もくすぐったいけど。
たっぷり一分はそのままの状態でいて、そろそろスマホをいじりたいなと思い始めたころ、ようやくアーサー君の頭が肩から外れた。
と思ったら、多分さっき吸血したところに唇だけ触れて、小さなリップ音を立てた後、私の頭を二度ほど軽くたたいて、「飯何がいい」といつものアーサー君に戻った。
今のは、己と戦って、理性が勝った結果なのだろうか?
「煩悩が勝ったって言わないそれ?」
「何のことかな」
ふむ、イギリス男子は、都合の悪いことを口で回避するのはうまいので、これ以上は追及しないことにしよう。
「今日のご飯は、鮭がいいです」
「お前はアニメに影響されすぎだ」
料理系のアニメが最近流行ってるので、ついうっかり見てしまうと、やっていたメニューを食べたくなるのはもう抗いようがない性というかなんというか。
「そーいえばさ」
先ほど肩から吸血されて思い出した。
「眷属って吸血されたらなっちゃうものなの? 儀式的なものが必要なの?」
とてつもなく今更な質問だが、まぁいいだろう。
吸血されただけで眷属になるなら、私はとっくになっているし、アーサー君が眷属にできないと悩むこともないのだけど、いろんな情報を知っているが故の質問だ。
「吸血鬼の血を人間に送り込めば、その人間は眷属になる」
「はぁー」
「だから」
お前は間違っても、俺の血を飲むなよ。
とても真剣な瞳で、そう言われた。アーサー君のその瞳は、あの家出から帰ってきて話した時と同じ、不安そうな瞳。
「でもアーサー君が血を出すことがなかったら、多分飲むことはないと思うよ」
「ああ、それもそうだな」
「うん、だから安心して、今日のご飯を作ってください」
「わかった」
アーサー君が冷蔵庫を開けて、私はスマホでイラストサイトのページを開いた。




