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穏やかな日々の後ろ側 ②

 着るか着ないか散々迷っている地獄のフリフリエプロンで体を隠しつつ、木々の間に佇む魔王に駆け寄り、まずは目を覗き込む。

 突然の登場にいくら驚いても、彼の瞳が黒くなっているか確認するのを忘れてはいけない。


(っと、ちゃんと変化済みだ。よかったぁーー)


 ホッと胸を撫で下ろす。気をつけなくちゃ、赤い目はイコールで魔族。印の様なものなんだから。


「ちょっと、あんた。どうしたのっ ?! 」


 借り宿からこの川まで、結構、距離がある。日頃、歩きなれている私ならともかく、虚弱貧弱を絵に描いた様な魔王には無理だ。

 小石だらけの道のせいで踵に靴擦れでもこさえたんじゃないか。息切れして酸欠になり、脳貧血を起こしてはいないか。そんな心配ばかりが駆け巡る。


「怪我などしてはいないよ」

「本当 ? もぅ、なんだってこんなとこに来るのよ。心配すんじゃん」


 靴擦れで死んだ人間なんて聞いた事は無いけれど、こいつは規格外。けっして安心出来ない。蚊に刺されたって、指に棘が刺さったって、風が吹いたって危ないのだ。命が。それに、男は敷居を一歩外に出たら七人の敵がいるという。魔王にいたっては、七人どころではないだろうし。

 心配が尽きなくて顔を覗き込む私に、魔王は眉を緩く顰め。


「アンコが居ないなら、あそこにいても仕方ない」

「あぁ、なるほど」


 つまりは、一人で居てもつまらないと言うことか。

 私は昼過ぎには家に帰ってこられるが、それまで魔王は一人ぼっち。魔界に居た頃は、殆ど四六時中べったりだったのだ。寂しいと感じるのも仕方ない。

 ごめんねの意味で頭をぽんぽんと撫でてやる。すると私の胸の辺りにしがみ付いてきた。よほど寂しかったのだろうか。よーし、よーし、と撫で続けてやると「ふふ」と鼻を鳴らす。気に入ったらしい。

 いつもは子供扱いするな。元の大人の姿に戻りたいと言っている魔王だけど、こういう時は子供の姿でも悪くないなと思っているようだ。細めた目が満足だと語っている。ばればれだ。


「ねぇ、アンドーレ……? 」

「え、あっ、ごめんっ」


 魔王とイチャイチャ――もとい、体で無事を確かめていた私の背後から、おずおずと声が掛かり、今の状況を思い出す。そうだった、二人っきりじゃなかったんだった。ごめんと言って振り返る。と、


「うっ」


 声色とは反対に興味しんしんな顔をしたモリィと、何故か後ろ向きに砂利の上に膝をつき、頭の後ろで手を組んだダレンの姿が。


(――ダレン、何故にしてホールドアップ状態 ? )


 モリィ、あんたは幼馴染に、いったいどんな命令をしているのか。

 虫も殺せないような可愛らしい顔をまじまじと見ながら、魔王を抱え一歩後退する。

 モリィは私の視線の意味なんておかまい無しに、腕の中の魔王を覗き込むように言う。


「その子、もしかしてアンドーレの弟くんっ ? そうでしょっ ? ねっ ?」

「え、えぇ、そうだけどーー」


 どうして興奮しているのか訳が分からなくてちょっと怖い。

 ……とりあえず魔王は隠しておこうか。害があると嫌だし。それにしても女という奴は、急に脈絡も無くテンションが高くなるな。まったく、着いて行けない。

 モリィの爛々とした視線を遮るように私の後ろに魔王を移動させた。少々あからさまだったかなと思ったが、気にしていないようだ。相変わらず興奮は続いたまま。

 

「やっぱりね ! 一目見て絶対そうだと思ったわっ。だって、アンドーレの話のとおり、すっごく綺麗なんだもの ! 」

「っ ! そ、そうでしょ ! そうなのよっ ! あなたもそう思うっ ? 」


 モリィ、貴様は卑しき人間族だが、話は分かるようだなっ。しかも趣味が良いっ。この私が手塩に掛けて世話(介護とも言う)している魔王を綺麗だと思えるとはっ。見直したぞ ! 

 ――あっ ! もしかして女が急にテンションを高くしてキーッキーッ言うのは、こういうことか ? ………成る程、ちょっと勉強になった。

 

「つまりは、猿みたいにキーッキーッ言うんは、愛なんだなぁ」

「アンコ、そんな事より服を着ないと風邪をひくぞ ? 」


 魔王に言われて、自分の格好を思い出す。あいたたた、パン一だった。




「で、この子が私の弟のオスカール。体が弱い事もあって、家にいることが多くて………世間知らずの所もあるけど、その辺は大目に見てやってね」


 (なるべく自分の首から下を視界に入れないように)魔王を紹介すると、二人の反応は予想していたとおりだった。

 

「こんにちは、オスカール ! 私はモリィよ。ねぇ、お肌のお手入れには何か使っている ? 髪は何で洗っているの ? 」

「お、おれはダレンだ。………よ、よ、よろしく」


 好奇心旺盛なモリィは魔王の美貌に興味津々で、美容関係の質問に余念が無いし、ダレンは大きい体を硬くして、挨拶もしどろもどろ。たぶん魔王の外見にびびっているのだろう。まぁ、珍しい事じゃない。大抵の人間は、まず魔王の堅苦しいほどに整った顔に目が行く。そして威圧感と退廃的な雰囲気に、直ぐに目を逸らす事になる。畏怖とやらを感じるようだ。ただ今は子供姿のせいか、それは随分やわらいでマシだけど。

 ちなみにモリィの質問だが、魔王に聞いても分かる筈が無い。何故なら奴の管理は私がしているのだから。

 使っているのはただのヘチマ水で作るのも簡単。だが、それを一から説明するのも何だか面倒だ。今日は川には潜るし、恐ろしい服を着ることにはなるしで疲れたし。もうそろそろ我が家が恋しい。

 ねぇ、帰ろうか ? と隣の魔王を見ると、――― えぇぇー無表情 ? 


( ちょっと魔王っ、笑顔っ、笑顔っ ! )


 相手は敵でムカつくのは分かるけど、ここは顔で笑って心で泣いてちょうだい。ああ、別に泣くんじゃなくても殺しても良いから。とにかく今は愛想笑いよ ! 


「オスカール、二人は幼馴染なんだってぇ。とっても仲がいいのよ。いいわねぇ、そういう関係って。ねぇーー ? 」

「そんなことはない。アンコと私の関係の方が良いに決まっている。私達は唯一むにーーむぐぐっっ」

「あーらっ ! 口元に虫がいたわ。気をつけてオスカール、河原には血を吸う害虫が沢山いるのよーー」


 急いで魔王の口を手の平で塞ぐ。空気を読め。読んだ上で発言しろ。ここは敵地の人間界。そして私達は兄弟という設定なのだ。惚気でもしたら禁断の世界の住人と思われてしまうではないか ! 近親相姦の上にロリコンなんて、そんな鬼設定、死んでも嫌だっつってんだろが !! 

 余計な発言をさせないように魔王を押さえ込みながら、ちらりと二人をみる。――と、良かった………笑っている。ただ、ふざけているだけだと思われたようだ。

 でも、このままではボロが出るのは時間の問題。さっさと撤退するべきだろう。


「えぇと、私達そろそろ」

「そうだ ! ねぇ、アンドーレ。今から町の旗亭に行きましょう ! 」


 旗亭っていうと、つまりは酒も出す食堂の事か。


「町の旗亭にね、ロウチを安く食べさせてくれる店があるのよ。今日は一匹も獲れなくて残念だったけど、丁度良くオスカールもいるんだし、行きましょう ? ね ? 」


 え ? 死人も生き返るという伝説の怪魚は、町の定食屋でも食えるのか。………なら、早く言ってくれよ。私、せっかくの休日をこんな場所で、しかもこんな格好で………。

 

「ためらう事なんかないわっ、大丈夫、絶対に美味しいからっ ! 」

「えっ、それ、私の荷物っ」

「さっさと付いて来ないと返してあげないわよー ! 」


 私の憤りを、初めて食べる物への躊躇いだと思ったらしい。私のバスケットを持って、河原の出口へ向う小道に走って行ってしまった。これでは追いかけないわけには行かないじゃないか。あれには濡れた服が入っているのだ。今日中に洗っておかないと臭くなる。


「ごめんなぁ、でも、ちょっとでいいから付き合ってやってくれよな」


 モリィに代わって幼馴染が申し訳なさそうに謝ってくる。内心では(ちっ、ちゃんと見張ってろよなっ)と思ったが、「うぅん、いいのよ」と温かい笑顔で返しておいた。ああ、魔王に比べて私って、なんて演技派。

 

「で、その旗亭って、何てお店なのかしら」


 足場の悪い道をのっしのっしと進む、でかいダレンの背中に声を掛ける。私も時々、町には出掛けるのだ。だから知っている店もちょっとはある。(主に、医薬品関係の店なんだけどね)

 私の質問に、ダレンは首だけを少し傾けて言う。


「ん、ああ。店の名前は【三本足の青蛙亭】だ。場所は繁華街の外れにある」


 ………ちょっと興味は湧くが、食欲は減退する店名だね。




 のどかな白い雲を眺めながら、程なく町に無事到着する。

 川から町まで、思ったより距離が無くて助かった。魔王も私の手助け無しに歩き切ったし。

 省エネタイプの子供姿のおかげか、彼は最近かなり調子がいい。この距離の歩行は、前なら確実に命の終点に一直線コースだったはずだ。それが今では、杖も、車椅子も、キッチンワゴンもなく、自分の足で歩けてるっ、感動だっ ! 

 

「ふふふっ」


 意外に普通だった店構えの【三本足の青蛙亭】の入り口を潜りながら、思わず笑い声が洩れた。

 手を繋いでいた魔王が見上げてくる。


「どうした、アンコ ? 」

「ん ? ふふっ。ちょっと嬉しくてね。だって、今までお店で御飯を食べるなんてなかったでしょ」


 二人で一緒に御飯を食べに行く。なんてこと、魔界では不可能だった。それがここでは出来るのだ。悔しい気持ちも少しはあるけど、やっぱり嬉しい。


「………そうか、アンコは……に囲まれているのが良いのか。……だ…なけれ……」

「え、何 ? ごめん、よく聞こえなかった」


 店の中の賑やかな喧騒と小声のせいで、私の耳は魔王の呟きを聞き漏らしてしまった。謝って、もう一度お願いと促す。

 すると魔王は何でもないと首を振る。下を向いての呟きだったし、私に聞かせるための台詞ではなかったのだろう。深くは考えず、先に座っている二人に続いた。


 注文して間も無く出て来たロウチは煮込み料理で思ったより食べやすく、香辛料が効いていて美味しかった。あまり外食をしない私としては、この世界の料理に少々不安があったのだが、杞憂だったようだ。

 食事中、魔王は私としか話さなかったが、モリィ達はただの人見知りの変わり者だと思ってくれたようで、特に空気が悪くなる事無く時間が進む。

 そして、何の問題も無く会計を済ませ店を出たのだが、忘れ物を取りにダレンが私達から離れた時、係わり合いになりたくない奴等が寄って来た。

 近道のつもりで店の裏口から出たのが良くなかった。


「よぉ、ねぇさん達よぉ、今、暇かい ? 暇だよナァ ? ちょっとそこいらで俺たちと一緒に飲まねぇか、奢るからさぁ」

「あ、あのっ、や、やめてくださいっ………こ、困りますっ」


 酒の臭いと体臭がきついおっさんの一人が、モリィの華奢な肩にしな垂れかかる。

 残りの二人は逃げ道を塞ぐように立ちながら、にやにやと顔をゆがめている。気持ち悪い顔だが、私は嫌悪するより先に、何だか見入ってしまった。


(うわーー、酔っ払いのおっさんなんて、久し振りに見たー)


 異世界トリップした後の私の周りときたら、アホみたいに綺麗な(虚弱)魔王とか、キラッキラ(こっちは本物のアホ)勇者とか、クール系眼鏡賢者とか、良家の御子息だとか。みんな、それなりの品だったり容姿だったりをしていた。だから、こんな絵に描いたようなおっさんとの遭遇は久方ぶり。パンダを見た時のような感覚すらある。ちょっと位なら、お話ししてみたい気もする。


「おっ、こっちのガキ、えらく美人だな。まぁ、これだけ綺麗なら男でも良いだろう。おい、お前も来な」


 ――― 前言撤回。こいつ等は早々に駆逐するべき。


「ちょっと、この子に触らないでくれませんか。おじさん」


 汚い手で魔王の腕を取った男の手を叩き落すと、「オー怖い」とへらへらしながら私の肩に手を掛ける。勿論、すぐに振り払った。


「大丈夫、大丈夫。あんたの事も忘れてねぇって、皆で一緒にいこうなぁ、楽しい所」


 さっきは手を叩き落したが、今度は首を叩き落してやろうか。そして一人で行けばいい。あの世へ。地獄の獄卒なら、きっと喜んで付き合ってくれるだろう。拷問とか。拷問とか。拷問とかに。

 私は魔界を脱出した時に一度、人を殺めることを覚悟した人間だ。こんなおっさん一人、傷付けるのに何のためらいがあるだろうか。

 

(不意を突いて、致命傷にならない場所を傷付けてやる。そんでもって、びっくりしているうちに逃げればいいんだ。ナイフだって、気付かれないように小型の物をいつも服の下に―――― あ、あれ ? )


 ないっ ? なんでって――そうだっ ! この服、モリィのフリフリ地獄エプロンドレスだったーー ! 着替えたんだよっ、忘れてた ! と言うことは、ナイフはモリィの持っているバスケットの中だ ! 

 急いでバスケットを返してもらおうとモリィを見ると、


「きゃーーーっっお母さーーんっ !! 」

「うへへへ、若い子はいいねぇ、お肌すべすべでぇ」


 いきなりピンチだった。

 しな垂れかかっていた男が、嫌がるモリィを引きずって行こうとしている。誘拐だ。未成年者略取だ。さすがに慌てて割って入った。


「何してんだよっ変態っ、警察呼ぶぞっ」

「いっ、なにしやがんだ、このあまっ」


 おもいっきり、おっさんの尻を蹴飛ばしてやった。当然、相手はいきり立つ。もともと赤い顔を、もっと真っ赤にして私に向って来た。手を振り上げ私の顔を殴ろうとする。咄嗟に避けて当たらなかったが、爪が引っ掛かったらしい。首の辺りがひりひりする。案の定、手で触ると湿った感触。あーーーこれは、


「血、だ………」


 後ろから聞こえてきた低い呟きは私のものじゃない。


「魔王、私は大丈夫だから、後ろに下がってて」

「……………」


 顔から一切の表情が消えた魔王は、そこに立ったまま動こうとしない。これじゃ巻き込んでしまうぞ、まずいなーと思っている内に、おっさんが私の腕を凄い力で摑む。


「いったっ」

「暴れるんじゃねぇよっ。ぶっころすーーーーっ ?! ぐぁあっ !! いでぇぇぇっ」


 おっさんが私の腕を放し、いきなり苦しみ出した。自分の手首を握り締め、のた打ち回る。

 どういうことだろうか一瞬、私の腕を摑んでいた奴の手首がありえない方へ曲がったように見えた。これはもしかして。


「魔王 ? 」


 たぶんそうだろう。おっさんが苦しむのを、当たり前な顔をして眺めているし。


「ま…オスカール。駄目よ」


 助けてもらって嬉しかったが、ここで魔族の力を使うのは危ない。ばれたら一大事なんてものじゃない。急いで魔王の前に回りこみ、体を抱きこんだ。


「人間を庇うのか ? 」

「なに言ってんの。私が庇ってんのは、あんたのことでしょーが。人間なんてどうだっていいわ」

「………なら、いい」


 こんな時に焼きもちだろうか、可愛いやつめ。と、危なく二人の世界になる寸前、声高に叫ぶ男の声と、高い笛の音。警笛だ。

 

「お前達っ、何をしているっ」


 赤いモールの付いた黒い制服。町の警ら隊だ。

 厳つい体をゆっさ、ゆっさ、させながらこちらに向って走ってくる。その後ろにダレンの姿も確認できた。きっと異変に気付き、呼んできてくれたのだろう。

 

「ダーレーンー !! 」

「モリィっ、大丈夫かっ ?! 」


 怖かったのだろう、半泣きのモリィが駆けて来た幼馴染にしがみ付く。

 わぁわぁ言い合う二人を見ながら笑ってしまった。なんだ、結構みゃく有りなんじゃないか、ダレン ?



 

 変態たちは警ら隊に任せ、私達はその場を離れた。取り調べは彼等の酔いが醒めてからなので、被害者である私達はとりあえず帰っていいと言われたのだ。

 モリィ達とは町の半ばまで連れ立って歩き、中央広場の噴水の前で別れた。

 彼等の家はこの辺り。対して私達の借り宿は隣村。もう一踏ん張りして歩かなくちゃいけない。さすがに足が浮腫むぞと、太ももを叩いてマッサージする。

 

「さぁて、私達も帰りましょうかね」

「すまないが、先に帰っていてくれないか」

「ん ? どうかしたの ? 買い物でもある ? 」

「いや、さっきの店に忘れ物をしたようだ。取って来るから先に行っていてくれ」

「駄目。危ない。私も付いて行くから、ほら」


 のんびりした町だとて、おかしな連中が居る事をさっき確認したばかりだ。魔王一人を歩かせるわけにはいかない。だから一緒に行こうと言うが、魔王は頑なに良しとしない。


「直ぐに追いつくから、頼むアンコ。私にも生理現象というものがあるのだ」

「---あ。なるほど。んーー、じゃあ、直ぐに戻ってきてよ ? 」


 過保護な私でも、トイレに付いて行くまではしない。しょうがなく、踵を返し去っていく魔王を見送った。

 その背中が完全に見えなくなってから、ゆっくりと歩き出す。直ぐに合流できると分かっていても、心配はなくならない。もしかして、また変態に遭遇していたら ? 急に具合が悪くなったら ? そんな事ばっかりが頭に浮かぶ。

 でも、やっぱり引き返そうかと何度か立ち止まっているうちに、それは杞憂になった。


「アンコ」

「--あぁ、良かった。無事ね」

「何を言っている ? 私はこれでも魔王だぞ」

「ふふ、そうね。泣く子も黙る魔王様だったわね。で、忘れ物は見つかった 」


 急いで戻って来てくれたせいだろうか、髪が少し乱れているのを指ですいて整えてやる。

 その私の手の下から、


「ああ、―――勿論」


 見えた瞳が、一瞬、赤く揺らいだ気がした。

 いや、見間違いだろう。手をどけて、もう一度見直した時には、ちゃんと黒目になっていたから。





―― 数日後。

 

「ねぇ、アンドーレ、聞いた ? 昨日の事件の話し」


 ロウチ捕りから数日たったある日、いつもの様にモリィと一緒に帰っていると、世間話の途中に神妙な顔をする。


「事件 ? いいえ、なにも知らないけど、何の話 ? 」

「昨日ね、町の外れの用水路で死体が上がったんですって」

「へー、それは怖いわね。でも、それが ? 」


 いくら平和な町でも、そのくらいはあるだろう。事故かもしれないし。人が死んでいたとしても、何も全部が事件とは限らない。


「い い え ! 絶対に、事件よ。だってね、亡くなっていたのは三人も、なのよっ ?! しかも、溺死じゃないの。手の跡から分かったらしいのだけど、全員、自分の首を自分で締めたらしいのよっ ! ね ? 事件でしょ ?! おかしいわっ、まったく、おかしいわっ !! 」

「三人……。ねぇ、それ、いつの話し ? 」

「えーと、死体が見つかったのは昨日だけど、亡くなったのは数日前らしいわねっ」

「………そう」


 一瞬、脳裏に真っ赤な光りが瞬いた。血の様に鮮やかな、その色は何だったか。思い出そうとすると思考に霞が掛かる。ゆるゆると緩慢になる。

 おかしいな、絶対にどこかで見たはずのものなのに、思い出せない。

 

 

 でもそれが、とても大切で、いとおしい光りなのだと言う事だけは確かだった。



 

 

 


 





 


 


 



 

 

 


 


 

 







 



 




 

 今回、なるべく会話文を多くするように心掛けました。その方が読みやすいですよね。たぶん。

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